第11話 龍城(5)龍の化身⑤

文字数 752文字

 信康が岡崎城主となったのは、
五年前だった。
 東国を見張る為、
浜松に城を築いた家康が、
生誕地を嫡男に渡した格好だった。
 
 その際、
家康の岡崎退去と時を同じくして
ようやく瀬名姫は岡崎城内に入り、
築山殿と敬称を受けるようになった。
 家康の(つま)への冷淡さは、
どうにも隠しようがなかった。

 相変わらず、長頼の声は低かった。

 「築山殿にしてみれば、
剣山の上に座すかのような日々」

 「剣山の……」

 「往時、高家の名門にして、
超大国の今川家は我が世の春を謳歌していた。
それが弱小尾張の織田家に敗けて、
築山殿は両親(ふたおや)が自害に追い込まれた上、
いつしか今川家は大名格を失って、
天下は上様のものとなり、
気付けば嫡男の嫁は仇敵の娘。
浜松殿は浜松殿で、
幼き頃にやって来た御徳(ごとく)様は憎からず、
ずいぶんな御可愛がりよう。
しかも嫡男夫婦の仲は良い。
分かるか、仙」

 夫婦仲(めおとなか)の良さ、
それは徳姫の言葉に端々に、
表れていた。
 品行方正とは言い難い失敗を重ねた信康ではあるが、
その分、
真っ直ぐなところがあるかに思われ、
明朗な徳姫とは相性が良く、
また、ひょっとして、
幼くして嫁した姫にとっては、
いつも盾になってくれた存在であったのだとも、
想像された。

 「築山殿……
鬱憤の雲間が晴れる日はない……
左様なことでございましょうか」

 「うむ。
三郎殿の猛々しさ故の行跡も、
御姑にしてみたら、
嫁が悪いと決め付けておられるやもしれぬ」

 町人や僧侶の命を奪うなど、
狼藉を重ねた信康だった。
 若き城主を思い、
諫言した松平親宅(ちかいえ)の出家を招くという失態を犯し、
家康に厳しい叱責も受けている。
 だが、夫婦仲だけで言えば、
二人は幼馴染として育った絆があって、
且つ、
父同士の盟友ぶりは堅固そのものだった。
 徳姫が夫を語る時には親しみが、
信康が室を話す時には愛慕があった。

 

 

 

 

 
 


 
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