第77話 岩鏡の花(9)検使⑨

文字数 965文字

 仙千代は、
堀秀政に付き従って検使を日々、務めた。
 戦闘や小競り合いは、
支城や砦で連日のようにあるので、
一つ身ですべてに駆け付けて、
直に検分することは出来ない。

 各部隊に配属された目付達から報告を受け、
重大な規律違反があれば当事者を呼んで質す。
 相手が総大将信忠であろうとも、
信長の意に反した行動があれば、
検使は岐阜に伝えなくてはならない。

 「かといって、
四角四面では士気が上がらぬ。
匙加減を覚えることだ。
それが最も難しいのだがな」

 という助言に続き、秀政は仙千代に問うた。

 「仙千代の匙加減は如何なる塩梅か」

 例えば、仙千代が到着すると、
信忠軍副将 河尻秀隆は、
部隊の出来事が(つぶさ)に記録されている一切合切、
開陳して見せた。
 もちろん秀政も逐次、確認している。

 よろず包み隠さぬ、
そうした武将の部隊には、
多少の失態があったとしても、
余程のことでない限り、
斟酌を加えて問題ないと仙千代は考えていた。
 それは大将の眼が光り、
行き届いているということで、
勝敗に悪影響を及ぼすようなことは、
まず起きる心配がない。

 「堀様が仰せの通り、
四角四面では息苦しいかと。
長丁場になろうかというこの戦況。
忠節を尽くそうという思い、
何としても勝利をと願う心意気、
その発露であれば厳しく咎めるつもりはございません。
しかし、利己的行動や臆心は、
見逃すわけにはいかないと……
初任務です故、この位しか分かりませぬ」

 「充分だ。
大きな眼で動いておられる上様に、
いちいち告げ口しておっては御迷惑になろう。
とはいえ、因果な御役目ではある。
岐阜と戦地の間に立って、時に板挟み」

 「はい」

 「此度の経験を幾らかでも糧として、
大和へ発つことだ。
大和は、
京都所司代として苦労を重ねられた村井様さえ、
腰を引くほど難渋の地。
(ばん)様は守護として、
大和入りされておられるが、
何せ寺社の注文が多く……」

 秀政はそこで打ち切った。

 「すまぬ。脅し過ぎた。
大和へ派遣されるは誉れの道だ。
妬心が言わせた、つまらぬ戯言。
仙は仙らしく、いつも通り、大らかな気持ちで臨め。
さすれば、おのずと扉は開こう」

 「はい!」

 岐阜へ来た初日から、秀政には世話になり、
いつも目をかけてもらった仙千代だった。
 仙千代が感謝の念で頭を垂れると、
後ろに控えた彦七郎、彦八郎、近藤重勝も、
仙千代以上に深く頭を下げた。


 


 




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