第201話 楚根城(4)猿楽②
文字数 528文字
稲葉家の孫達が信長に披露したのは、
『鞍馬天狗』だった。
十に満たない幼い子らが幾人も加わる演目である為、
十分な数の演者を揃えられないことが間々あって、
猿楽を生業とする家であっても
演じられる機会は滅多にあるものではなかった。
鞍馬天狗が演 されると知った信長は、
率直に驚きを浮かべた。
過日、八番興行に感涙していた仙千代に、
猿楽を「作り物」であるとして惑溺を戒めた信長ながら、
父 信秀や傳役 平手政秀という数寄者 の許に育ち、
今では文化の庇護者でもある信長は、
演し物の珍しさをよく理解していた。
武家に於いて男子が多いことは、
主君にとっても喜ばしいことで、
子役を多数要する『鞍馬』を一鉄が選んだことは、
主家への忠誠心を表すと同時、
当主としての自負が滲んだ。
信長は、
「鞍馬天狗とは。
如何なる牛若か、楽しみにしよう」
と快活に言い、一鉄は、
「稚児役全員、孫にございます」
と、晴れがましく受けた。
僧になる宿命を帯びて鞍馬寺に預けられ、
のち、伝説的武将となった牛若丸を題材の『鞍馬天狗』は、
寺育ちでありながら還俗し、
美濃の古豪一門を率いる一鉄にとり、
特別な意味のある作品であるに違いなく、
饗応される信長も一鉄の思いに気付かぬではないと、
仙千代は主を見た。
『鞍馬天狗』だった。
十に満たない幼い子らが幾人も加わる演目である為、
十分な数の演者を揃えられないことが間々あって、
猿楽を生業とする家であっても
演じられる機会は滅多にあるものではなかった。
鞍馬天狗が
率直に驚きを浮かべた。
過日、八番興行に感涙していた仙千代に、
猿楽を「作り物」であるとして惑溺を戒めた信長ながら、
父 信秀や
今では文化の庇護者でもある信長は、
演し物の珍しさをよく理解していた。
武家に於いて男子が多いことは、
主君にとっても喜ばしいことで、
子役を多数要する『鞍馬』を一鉄が選んだことは、
主家への忠誠心を表すと同時、
当主としての自負が滲んだ。
信長は、
「鞍馬天狗とは。
如何なる牛若か、楽しみにしよう」
と快活に言い、一鉄は、
「稚児役全員、孫にございます」
と、晴れがましく受けた。
僧になる宿命を帯びて鞍馬寺に預けられ、
のち、伝説的武将となった牛若丸を題材の『鞍馬天狗』は、
寺育ちでありながら還俗し、
美濃の古豪一門を率いる一鉄にとり、
特別な意味のある作品であるに違いなく、
饗応される信長も一鉄の思いに気付かぬではないと、
仙千代は主を見た。