第408話 野の花

文字数 966文字

 小弁の芸は宴を盛り上げ、
一流を知る客人達をも魅了して喝采を浴び、
誰もが口々に賞賛し、仙千代に、

 「あの童。
けして悪いようには致さぬ故、
右大将殿に取り計らって貰えませぬかな、
今一度、もう一度。
 万見殿の御言葉なれば右大将殿も、
もしや苦しからず……」

 と扇で口元を隠しつつ
実質の身請けを口説く公家が居るかと思えば、

 「新春の宴の余興は
何が良いかと思案しておるところであった、
のう、万見殿、
上様にお頼み申し上げ、
我が城へ迎えるわけにゆきませぬか、
我が城へ是非」

 と芸達者ぶりに舌を巻き、客演を懇願をする武将も居た。

 公家には、

 「花は野に置けと申しますゆえ……」

 と野趣情緒の小弁は京の風にはそぐわないと謙遜しつつ、

 公家の暮らしの何処に小弁が身を置けるというのか、
色を弄ばれ、長じてそれを失えば、
役者風情と呼ばれ、
最後にはまた河原者となりかねぬ、
それでは何が為、
小弁はここへやって来たのか……

 という思いではぐらかし、
熱心に城へ誘った武将には、

 「上様の御目の細めよう。
殿も御同様にて、
よもや他所へなどとはとても」

 と率直なところを述べた。

 事実、熱演で汗を滲ませた小弁を見遣る信長の眼差しは温かく、
信忠も図らずも再び聴かれた歌声に満足を見せ、
喜色は明らかだった。

 「いや、面白かった。
勇ましき御狂いといい、笛吹きの滑稽踊りといい、
まこと楽しき師走となった。
 どれ、いたずら狸。褒美にこれを」

 と信長は盃を手にし、

 「小弁に一献」

 と銀吾、祥吉を遣った。
 すると空かさず信忠が、

 「上様。畏れながら。
あの者は幼き身ゆえ今はこれを」

 と眼前の南蛮菓子を自ら懐紙に包み、
勝丸に預けた。

 信長に驚嘆が浮かぶのを仙千代は見た。
 酒杯を賜ろうという父を息子が遮り、
あろうことか、褒美を授けようという。

 無礼だとして怒りも可能な信長だった。
 が、信長は大声で笑った。

 「ふむ!一興じゃ、あの者に選ばせようぞ」

 飛騨春慶塗りの朱盃に酌まれた馥郁(ふくいく)たる清酒。
 東大寺正倉(しょうそう)にも所蔵されているという
我が国最古の紙にして、
柔らかく薄い美濃紙に乗った色とりどりの菓子。
 事の成行きに小弁は目をパチクリしていたが、
菓子が視界に入った途端、子供らしい無邪気さで、

 「これ、食べられるのけ?
菓子なのけ?
面白い形をして……美しいのう」

 と感嘆し、金平糖に瞳が輝いた。

 
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