第236話 越前国(7)秀政と重勝①

文字数 738文字

 秀政はふと話の向きを変え、

 「万人が枕を高くして寝られる世……
築くことが出来るのは上様以外、
居られはせぬ。
 上様の越前平定を受け、
今も陣の前には縁を頼って地侍が馳せ参じ、
赦免や臣従を願い出て、
ごった返して道という道、辻という辻、
昨日までの敵で溢れ返っている」

 足利義昭、武田勝頼と結託し、
信長を包囲する本願寺勢力に
大きな痛手を与えた平定戦ではあったが、
秀政は本願寺の宗徒であり、
戦と信仰は矛盾しないと前にも言い切っていたその胸中は、
けして割り切れはせぬ懊悩が渦巻き、
時に秀政を苦しめていると仙千代以下、
誰も、思いを同じくした。

 「この上なく強靭な御意思の主、
上様とて、幾多のお悲しみを越え、
今日に至っておられる。
未熟者の儂なれば乗り越えるまでは出来ぬでも、
思いを抱きつつ進んでゆく他はない。
答えはいつ出るのか。
出ぬままあの世へ逝くのか。
今生(こんじょう)、答えの出ぬ問いを問い続け、
上様に従って前進するのみ。
誰に遠慮なく信仰の許される世を、
上様が必ずや築いて下さる」

 美濃の斎藤道三の家臣として、
本来、家督を継ぐべき伯父が脚気で歩行困難となり、
父が堀家の当主となった秀政は、
幼い頃は伯父に本願寺の末寺で養育され、
無論、秀政も真宗信者だった。
 長島一向一揆征伐で若輩ながら、
多数の首級を討ち取った森長可(ながよし)も、
亡き森可成(よしなり)はじめ一家あげての真宗信者で、
秀政、長可のみならず、
織田家中にも本願寺門徒は少なからず居た。

 仙千代は秀政の意を酌んだ。

 言い切らずにはおられぬ苦悩が、
(きゅう)様にはおありなのだ、
長島での儂は久様の苦しみを、
芯では捉えられずいた……

 すると日頃、口の重い重勝が、

 「本願寺の錯乱は起きておりませぬ。
上様の御膝元、尾張・美濃では」

 と、言い切った。
 誰もが重勝の言葉の続きを待った。


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