第373話 小弁の行方

文字数 807文字

 興行は鯏浦(うぐいうら)西端の荒れ寺で行われていた。
 戦渦によって棄てられたその漁村は未だ人が戻らず、
寺も仏像仏具は盗難に遭い廃れるがまま、
今は山口座の派手なのぼりが寒空にはためいて、
日頃の寂寞をいっそう思わせた。

 市江兄弟が戻り、彦七郎が、

 「本堂、経堂、庫裡(くり)と探しましたが見付からず!」

 と告げるなり、トラ、フジに気付き、

 「また現れた!
いったいどれだけコソコソと!」

 彦七郎の次の台詞は決まっていた。

 「儂はコソコソする奴は嫌いじゃ!」

 この一節を信長の前で幾度となく繰り返し、
失笑、叱責された彦七郎だった。

 「コソコソなんぞしておらん!」

 「そうじゃ!
兄様が言われる通りじゃ!
 あの小屋は儂らがいつも使っておった小屋なんじゃ!
 そこに子供が寝ておったんじゃ!」

 彦七郎は顔色を変え、

 「案内(あない)せい!」

 と二人に放った。

 トラ、フジを先頭に市江兄弟、仙千代と続く。

 辿り着くまでに聞き知ったのは、
トラ、フジは寺に程近い、
朽ちるにまかせたかつての炭置き小屋に
早朝の釣りの際など寝泊りし、
他にも時折立ち寄って利用していたということだった。

 「昨日寄ったらば隅に何やら転がっておって、
近寄り見たら人じゃった」

 「儂らも冬はあそこでは寝ん。
 板は剥がれ穴も開き、寒過ぎるんじゃ」

 「それが小弁だと何故知った」

 「山口座は観たからの、去年も」

 「儂らと年端の変わらん童役者が達者なことで、
誰もが銭を投げとった。
 小弁、小弁と名が飛んで。
 その小弁とやら、今年は小屋に寝ておったんじゃ」

 「寒風の炭小屋で(むしろ)を敷いて」

 「藁を持ってきて被せてやった。
誰の田んぼか知らんがちょっとばかり失敬してな。
 じゃが、触るな、近寄るな、と。
 よそ者と口をきいたのが知れたなら殴られる、
親方に、と……」

 小屋へ着き、彦八郎が割る勢いで板戸を開けた。

 暗がりに目が慣れると、
片隅に蓑虫(みのむし)のような塊が見え、
その小さな藁の包みが人の身体だと知れた。

 






 

 

 

 
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