第359話 秀政の願い(3)釣果

文字数 932文字

 秀政の涙が落ち着きをみせたところで仙千代は弟達に、

 「何ぞ持ってまいれ」

 と伝え、

 「酒の後ゆえ、水菓子を頼もう」

 と足した。

 場が仕切り直しとなって、
あらためて秀政が、

 「源吾は不思議な男じゃな。
志多羅原では仏法僧を射止めたというではないか。
 仏法僧は仙鳥にて上様はじめ、
徳川の御歴々も大いに喜ばれたとか。
 いつぞや釣りへ同道した際は、
儂はメダカ一匹釣れず不貞腐れておった横で、
何と源吾は(きす)を入れ食いで散々釣って、
笑いが止まらぬ様子。
 上様曰く、もっさりした風体ながら謎の力を秘めておる」

 「あの鱚は美味しゅうございました。
用向きで出掛けた津島の浜でしたか、
塩焼きがたまりませんでした」

 確かに重勝は不可思議な魅力を纏い、
鈍牛(どんぎゅう)のような佇まいなれど黒目がちの瞳は聡明を称え、
言葉少なな物腰は古武士を思わせるところがあった。

 「話は戻り……
田鶴(たづ)は顔には痕がなく、
それだけは幸いであった。
 ただ、美しいかといえば、いや、それが……」

 ここでは重勝のみならず仙千代も身を乗り出した。

 「どのような御顔立ちなのです」

 と、仙千代。
 余りに秀政が「脅す」ので流石に問わずにいられなかった。

 「うむ。ううむ……」

 仙千代、重勝はいっそう身を前にした。

 「うむ!はっきり言おう。
いずれ相対するのだ。夫婦になるのだ」

 「(きゅう)様、早う!」

 「お頼み申す」

 「うむ!
鏡餅に娘狸が乗ったような面相じゃ。
 そうとしか言われぬ」

 仙千代は腰を引き、

 「なっ、何ですと。餅に乗った狸!」

 重勝も、

 「久殿、想像がつきませぬ!」

 秀政は真顔で、

 「が、そうとしか言えぬのだ!」

 「それでは人と言えませぬ。
餅に狸とは!」

 「餅狸。餅狸なのでござるか、我が妻は」

 「そうなのじゃ。
何故か儂の中では餅に乗る娘狸なのだ」

 重勝は困惑の極みとなって、
仙千代も目を白黒させた。
 秀政は冗談ではないようだった。

 やがて銀吾、祥吉が戻り、
朴葉の形を模した美濃焼の皿には瑞々しい切口の柿があった。

 三人は柿を食べつつ、暫し談笑した。
 翌日、重勝の朝の挨拶を受けた仙千代は、
その眼が赤いことに気付き、
重勝は重勝なりに一夜の間に
様々思うところがあったのだろうと察し、
聡く温かな人柄のこの男に幸あれと強く願った。


 

 

 
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