第34話 熱田 羽城(5)加藤邸⑤

文字数 790文字

 竹丸は、
織田家に信長の父の代から仕える
長谷川宗兵衛与次の息子で、
数え十七という年齢を考えれば、
元服をとうに済ませ、
何なら(つま)を迎えていても良い年齢なのだが、
織田家の急成長から生じた人不足を理由に、
怜悧な竹丸を信長が手元に置いておきたい気持ちが強く、
つい後回しになってしまった。

 「竹は四年じゃな、儂のもとに来て」

 早朝から忙しく立ち働いていた竹丸で、
夜伽はどうかと思いつつ、
湯浴み後のうっすら汗の滲んだ艶めかしい様を目にしたら、
乙に済ました仮面を引き剝がしてやりたくなって、
閨房に呼び寄せ、相手をさせた。

 「上様が覚えていて下さるとは」

 「当たり前だ。
褥に入れおる小姓は竹と仙のみ。
それぐらい覚えておらずどうする」

 「有り難き幸せ」

 木で鼻をくくったとまで言うつもりはないものの、
いわゆる紋切型だった。
 しかし齢が齢で若さの盛りであるだけに、
事が始まれば最後には激しく燃えて、
日頃の端正な佇まいとの落差が堪らなかった。
 
 仙千代が程好く天然の諧謔(かいぎゃく)に富み、
それだけに、
ふとした時の翳りにはどうにも惹き付けられ、
目を離せないとしたら一方の竹丸は、
いかにも若武者らしい凛々しさと
隠せもしない(さか)しさが強い魅力で、
対照的な二人が同時に信長の手にあることが、
今、一段の愉悦となっている。
 
 才ある二人の成長は頼もしく、
楽しみでありながら、
一日でも長く傍に置いておきたいという思いは強い。
 かといって、
いくら信長が尾張統一に苦しんだ時期であったとはいえ、
寵臣 丹羽長秀の婚期を遅らせてしまったような
真似をしてはならないという自戒も湧く。
 地位、俸禄共に他の小姓を既に圧倒している
竹丸と仙千代の将来については、
ある意味、すべて贅沢な悩みと言えた。

 「私のことはさておいて……」

 枕元に用意された薄荷(はっか)水の手拭いを絞り、
竹丸が信長の顏や首筋を拭いた。

 すっと冷気が漂い、
爽やかな香りが心地好かった。

 
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