第81話 岩鏡の花(13)水精山④
文字数 636文字
刹那、信忠の脳裏に、
城の東屋で語らった幼い仙千代と、
やはり幼かった勘九郎信重の声が響いた。
白銀の峰々を望む冬の岐阜城。
前年、年の瀬の儀長城での出会い以来、
初めて話した二人の前に、
公居館の金の甍 が朝日を受けて煌めいていた。
黄金の屋根瓦に驚嘆している仙千代は、
稲葉山の自然を生かして造られた双流の滝に、
目をパチクリさせて驚き、
並んで座した信重の隣で、
しばらく何も発せずにいた。
十三歳の仙千代と十五歳の信重だった。
鼠に齧られて、
家の板葺屋根に穴が空いていたという話に続いて、
人が造った滝を見たのは初めてだと仙千代は言った。
「儂は天然の滝を見たことがない」
「沢山ございますのに。
美濃の山には」
「うむ、そうらしい。
ギンナンは何処で見たのだ」
「まだ見ておりませぬ」
「えっ!今の流れであれば、
ギンナンは天然の滝を見たのだと誰でも思うぞ」
「若殿の思い込みでございます」
冗談なのか、そうではないのか、
仙千代の真っ新 に素朴な笑顔が、
錦絵のように豪奢な眺めにあって尚、
鮮やかだった。
今、初夏の水晶山で、
飛沫 と水音に塗 れている信忠だったが、
転び掛けた仙千代の手をつかんだ結果、
引き寄せるような体勢となって、
顏が間近にあった。
仙千代が先に居たのだとはいえ、
転倒し掛かったところを助けられたのだから、
身分を思えば恐縮の言葉が出てもおかしくなかった、
いや、そうであるべきだった。
しかし、仙千代は、
「初めて見ました。美濃の滝を」
と、息がかかるほど近くで言った。
城の東屋で語らった幼い仙千代と、
やはり幼かった勘九郎信重の声が響いた。
白銀の峰々を望む冬の岐阜城。
前年、年の瀬の儀長城での出会い以来、
初めて話した二人の前に、
公居館の金の
黄金の屋根瓦に驚嘆している仙千代は、
稲葉山の自然を生かして造られた双流の滝に、
目をパチクリさせて驚き、
並んで座した信重の隣で、
しばらく何も発せずにいた。
十三歳の仙千代と十五歳の信重だった。
鼠に齧られて、
家の板葺屋根に穴が空いていたという話に続いて、
人が造った滝を見たのは初めてだと仙千代は言った。
「儂は天然の滝を見たことがない」
「沢山ございますのに。
美濃の山には」
「うむ、そうらしい。
ギンナンは何処で見たのだ」
「まだ見ておりませぬ」
「えっ!今の流れであれば、
ギンナンは天然の滝を見たのだと誰でも思うぞ」
「若殿の思い込みでございます」
冗談なのか、そうではないのか、
仙千代の
錦絵のように豪奢な眺めにあって尚、
鮮やかだった。
今、初夏の水晶山で、
転び掛けた仙千代の手をつかんだ結果、
引き寄せるような体勢となって、
顏が間近にあった。
仙千代が先に居たのだとはいえ、
転倒し掛かったところを助けられたのだから、
身分を思えば恐縮の言葉が出てもおかしくなかった、
いや、そうであるべきだった。
しかし、仙千代は、
「初めて見ました。美濃の滝を」
と、息がかかるほど近くで言った。