第383話 初霜の朝(2)高橋家

文字数 895文字

 高橋と聞いても仙千代に思い浮かぶものはなかった。
 怪訝に彦七郎を見ると、

 「この者達は、
その名乗りを見ますれば、
上様の弟君、亡き信興公と小木江城に立て籠もり、
公の御自害に殉じて散った八十柱の御一人、
高橋照之進殿の一族かと」

 藤丸よりも幾らか背が高く、
兄と見受けられる虎松が、

 「照之進は我ら兄弟の父でござる」

 と、さも亡父を自慢するかのように昂然と顎を上げ、
言った。
 藤丸も、

 「今は廃城なれど鯏浦(うぐいうら)
小木江の両城を亡き殿様が築かれた折、
我らの父も汗を流させていただき、
最後、城を枕に殿の後を追ったのです」

 仙千代が彦七郎を今一度見遣ると、

 「高橋家は小木江の北に田畑を有しており、
確か弟にあたる人物が跡目を継いで、
百姓になっておると聞き及びます。
 生前照之進殿は我が父と交流があり、
たいした武辺者であったとか。
 万見の旦那様もきっと御存知でいらっしゃいます」

 と話した彦七郎に虎松が、

 「こちらで手習いをすると帰りに握り飯を下さる。
時には餅も」

 養父(ちち)が近隣の貧農の子らに読み書きを教え、
帰り際、何らか「褒美」を与えているとは記憶にあった。
 兄弟は空腹に喘ぐ育ちではないが藤丸が、

 「万見様は面白い御方で、
握り飯の一つにだけ栗が仕込んであって、
今日は誰に栗が当たるか皆ワクワクしながら頂戴するんじゃ」

 と底抜けの笑顔を見せた。

 織田家先代、信秀の七男である信興は、
長島一向勢、そこに(くみ)する服部党を牽制する役目を担い、
弥冨服部党を攻め立て勝利すると、
鯏浦(うぐいうら)と小木江に城を築き、小木江に在城しつつ、
流動化する国境の守備を負っていた。
 五年前、
信長が朝倉義景、浅井長政、本願寺はじめ、
包囲網に晒されるとその間隙をつき、
信興も一向門徒に包囲され、孤立無援の籠城となった。
 信長は比叡山で朝倉、浅井と対峙しており、
近隣の桑名城に居た滝川一益も
一揆勢の侵攻により籠城を余儀なくされ、
援軍を差し向ける情況になく、
信興は六日間耐え、
時に押し返す奮闘を見せたものの、
圧倒的な戦力差の前に若き命を散らした。
 その際、八十人という家臣が信興に殉じ、
共に浄土へ旅立った。
 その一人が虎松、藤丸の父だというのだった。

 
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