第108話 多聞山城(18)巻介④

文字数 850文字

 越前での一向一揆や畿内の諸情勢を鑑みて、
信長がこの水無月二十七日、
丹羽長秀の佐和山城で休息の後、
明智光秀の坂本を経由して、
湖から早舟で入洛予定となっており、
仙千代も合流すべく、二十五日に大和を離れた。

 同日は直政が、
多聞山城の改築を伯父である塙安広に任せ、
かねてからの知行である山城国へ帰還する日でもあった。

 巻介も無論、直政に付き従った。

 不慣れな大和の国での深切(しんせつ)に、
別れ際、仙千代は心からの礼を巻介に述べた。

 「仙千代が困らぬよう、
十分、先導すべしと殿が上様より(めい)を拝しておった故、
当たり前の務めを果たしたのみ。
むしろ同道し、楽しくも充実しておった」

 巻介とて出立前であるにかかわらず、
京への道筋での注意など与えつつ、
見送りに時間を割いて、出て来てくれた。

 「名残惜しいのう、仙との別れ。
彦七郎や彦八郎、そして源吾殿。
この数日は岐阜での日々を思い出した」

 「何を年寄り臭い。
懐古に浸る年頃か。
ああ!そうじゃ!思い出した!
腹が弱かった三郎が、
壮健そのものになったのは知っておろう。
何でも地元の柿の葉、
それを干して煎じた茶が効いたらしい。
よし!三郎に頼んで、送らせよう。
巻介の胃弱が相変わらずだと聞けば、
喜んでやってくれる」

 「岩村攻めであろう?三郎は。
儂のことなんぞで手間を掛けさせては、」

 「三郎は柿の葉茶の効能自慢なのだ。
ところが若殿も周りの小姓衆も興味を示さぬと言って、
嘆いておった。
巻が所望しておると言えば大喜びで手配するは間違いない」

 「そうか。では頼む。
有り難く甘える」

 「おう!任せておけ」

 柿の葉茶を飲用する仲間が出来たと、
三郎は嬉しがるに違いなかった。

 信長一行より先に相国寺に入った仙千代は、
旅装を解くと直ちに三郎へ手紙(ふみ)(したた)めた。

 岩村の情勢は大きな動きがないと、
大和で報告を受けていた。

 この後、夏から秋になり、
やがて冬が来る。
 山深い岩村が冬を迎える前に決着がつき、
叶うなら、武田家に身を移した御坊丸が、
正月を岐阜で迎えられれば良いがと仙千代は願った。
 
 

 

 

 

 



 
 


 
 
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