第156話 雷神と山中の猿(7)秘宝②

文字数 649文字

 真木島で、戦火に髪の焼けた乳母が、
(すす)で頬を汚した赤子を抱いていた。
 我が子を他に任せ、
乳母はひたすら若公をかき抱いていた。
 若い従者は、
相手が大小を差した敵の小姓であろうとも、
丸腰の身で幼い主に触れさせまいとした。

 「上様には上様の御立場。
羽柴殿は羽柴殿の御立場。
乳母殿も立場を貫いておられた。
貫くことは難しい。
銃弾を浴び、矢雨に走った兵から見れば、
織田の小姓の行いが如何に映ったか」

 市松が、

 「何ぞ、情けをかけられたのですね、
万見様」

 「咄嗟のことで、やってしまった。
後先なく」

 「それでお叱りを受けぬのは、
万見様なればこそ。
私がしたなら羽柴の殿に一喝されてしまう。
市松、余計なことをするでないと」

 ここで夜叉若が、

 「市。言い過ぎにて、一言多い」

 と入った。

 「何か失敬を働いたかの」

 困惑する市松に夜叉若が黙したので、
仙千代が、

 「戦の遂行は難儀なことだが、
戦後も同様に難しいものじゃな。
相手が降参し、
すべて終わりかといえばそうではない。
二年前の儂がしたことは、
(そし)りを受けかねぬものであった。
上様の御心を深くお察し申し上げ、
羽柴殿のように今後を見据えて振舞うことこそ、
大儀。
将軍本人のみならず、
婦人や赤子まで懲罰を加えねばならぬ御立場、
苦渋を抱かれましたでしょう」

 ここで市松が何処か呑気な風情で言った。

 「殿は申しておりました。
上様はお優しい。
儂はああは成れぬ。
上様のお優しさは天性のものか。
やはり、お育ちじゃのうと」

 佐吉の眉がぴくっと動いた。
夜叉若も、市松を呆れ顔で見た。
 



 




 

 

 
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