第10話 龍城(4)龍の化身④

文字数 1,002文字

 徳姫が去った後、
信長は竹丸や小姓を従えて、
広間に用意された祝勝の夕餉に向かった。
 
 今夕、
疲労のない者は居ないであろうから、
大袈裟なことはせず、
ごく内輪の諸将で、
和やかに飯が食べられれば良いという
信長の言を伝えたが、
家康は家康で、
信長が滞在するからにはそうはいかぬと、
張り切った御膳になっているに違いなかった。

 勤め上、後ほど仙千代も無論、合流するが、
菅屋長頼が、
今回の合戦の戦目付(いくさめつけ)達から聴取した内容を、
明朝一番に信長に見せたいというので、
仙千代は手伝うことにした。

 合戦の状況を把握し、将兵の勇怯(ゆうきょう)
手柄の有無を見届け、報告する戦目付には、
検使、大目付、目付頭、徒目付と、
様々な役があり、
昨日のような大合戦では上がる報告も、
大量多岐に渡り、
不公平が生じぬように仕上げるには、
経験と根気を要した。

 半刻(はんとき)あたりで、
長頼の声掛けで一旦、休みを入れた。

 「竹丸が披露した、
龍城の言い伝えは(おも)しろかった」

 仙千代も、

 「まさか竜神様が乙女とは」

 と応じた。

 ふと長頼は声を低くした。

 「この御城には竜とも呼べる女御(にょご)が、
あと一人、()わすのだ」

 長頼が言うのは、
もしや、城主 信康の実母、
築山(つきやま)殿かと仙千代は察した。

 竹丸が龍神伝説を語った際は、
ただ興味で聴いていた。
 しかし、思い描いてもみれば、
長頼が指摘するように、
徳姫には築山殿という御姑が居て、
この岡崎城で居を一にしていた。
 岡崎殿が徳姫ならば、
築山殿の築山とは、
これもまた岡崎の別名だった。

 今川義元の濃縁(のうえん)である築山殿こと、
瀬名姫は、
信長に義元が討たれると、
家督を継いだ氏真(うじざね)により、
瀬名姫の両親が家康に臣従するのではないかと疑われ、
自害させられた。
 氏真の疑心は深かったものの、
周囲の取りなしによって、
瀬名姫、信康母子は一命を取り留めた。
 
 そして暫しの後、
乱世の奇縁によって、
瀬名姫にとって仇敵である信長の長女が、
信康に輿入れすると決まった。
 
 世知に長けているとは言い難い、
若い仙千代であっても、
築山殿の痛み、苦悩は易く想像され、
苦汁渦巻く心中も察するに余りあった。

 しかも、どうやら、
徳川様と築山殿は、
睦まじいとは言えぬらしい……

 桶狭間での戦いで義元が居なくなり、
岡崎へ戻ることが叶った家康だった。
 やがて、
命を永らえた築山殿も信康共々、岡崎に入った。
 だが家康は(つま)を城下の屋敷に置いて、
城には入れず、
ひとつ屋根の下に住まうことは、
ついぞ無かった。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み