第258話 勝家の夢(3)願い③

文字数 622文字

 幼い頃から愛しみ、慈しんだ、
いかに寵臣とはいえ主に先んじて物申すとは、
「鬼」柴田勝家は勝照に打擲(ちょうちゃく)さえ加え、
強く叱責するかと思いきや、

 「御無礼」

 とことわりを入れ、
手拭いで汗を拭うばかりであることに信長は苛立ち、怒り、
そして呆れが混じった感情で歴戦の将軍を見た。

 仙千代の、

 「毛受(めんじゅ)殿の心願だと聴こえましてございます」

 という取り成しが入らなければ、
信長こそ特大の雷を落とし、
勝家であれ、勝照であれ、
軍扇を投げ付けるぐらいしていたかもしれない。

 儂の妹を欲しい?!
 よう言えた!
 儂の、この儂の妹ぞ!
そこいらの一大名ではない、
この信長の妹ぞ!……

 誰もが主君との閨閥を望み、
まして、市のような美貌であれば、
(つま)にと願って当たり前だが、
正式な遣いを寄越すでもなく、
書状での申し入れでもなく、
縁を授かる側が直に口にするなど前代未聞のことだった。
 しかも我が身は今、
天下の(まつりごと)を担い、
朝廷をも支える日ノ本随一の権力者だった。

 勝照を打ち込めるでは足りず、
極めて厳しい謹慎を申し渡しても良いぐらいのところ、
間に入ったのが仙千代であれば、
無理矢理にでも怒気を治めざるを得ず、
また仙千代の場に不釣り合いとも取れる
穏やかな佇まいに毒気を抜かれ、
信長は立腹の鎮まりをやがて感じた。

 一呼吸置き、信長は訊いた。

 「どうなのだ、権六。
正室にと願っておるのか。市を」

 そもそも口数の多い質ではない勝家が、
またも口ごもっている。
 すると今度は堀久太郎秀政が入った。

 
 

 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み