第347話 尾関邸(4)三郎の深慮③

文字数 758文字

 仙千代は冷静を装った。

 「清三郎は立派に討死をした。
町衆の身分ながら清十郎なる兄上も、
三方ヶ原で長谷川橋介殿らを助太刀し、
見事、野の露と散った。
 そのように感心な者も居ないではない……」

 「仙千代。分かっておろう。
玉越は三代前から織田家に武具を納め、
名字を許された大商人。
 清三郎の遺功を称え、
殿は玉越に百石の知行を贈られもした。
 それもこれも清三郎には武術の心得があり、
礼法はじめ素養を備えておった故、
小姓と成ったからなのだ。
 小弁はどうだ。
 台詞や歌詞は口伝(くでん)で覚え、名も書けぬであろう。
清三郎と小弁は違う。
 並べて名を出すとは愉快ではない」

 三郎がここまで語るということが、
信忠の小弁への思いをむしろ伝えているようだった。

 「あと一度、あの歌が聴きたいものだ……
殿は左様に仰せになられた。
 勝丸が、是非にも寺へ参りましょう、
何なら城の河畔にでも呼び、
家来衆にも観劇させてやったなら、
皆々さぞかし喜ぶでしょうと言い、
そこで殿は間を置いて、
いや、やめておこう、
次の冬を楽しみとして待つも良いと
お答えになられた。
 流石に雑劇一座が相手では、
殿も御立場を考えられたのだ。
 左様に弁えられておられる殿が、
儂は自慢じゃ。
 勝丸は善い性根の主だ。が、まだ甘いのだ」

 「勝丸でなく三郎が申し上げたのであれば、
もしや殿は山口一座を呼び、
座興を楽しまれたのでは……」

 「仙こそ知っておるであろう、
殿は左様な御方ではない。
 殿は御自身が決められる。何事も。
また、あからさまな分け隔てもなさりはせぬ。
 殿は織田家当主にして秋田城介(じょうのすけ)
流れ者一座に夢中となって芸を所望するなど、
示しがつかぬ。
 しかも一座の根は西国山口。
殿は何をされておるのかと深謀遠慮の家来には、
眉を(ひそ)められるとも限らぬ。
 家督を継いで早々の御身、
殿は自重されたのだ」

 
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