第270話 柴田(6)茶陶と刀剣

文字数 899文字

 勝家は膝進し、青井戸と書を承ると、
神妙極まる面持ちで礼を述べ、
やはり膝行で退座した。

 勝家主従が去って信長が仙千代に、

 「権六に儂は刀を所望しておった。
が、結果はあれで良かった。
流石、仙千代のやることは気が利いて、
鋭いの」

 と竹筒の清水をぐびっと飲んで声を掛けると、
仙千代は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 「なっ、何じゃ、それは!
何、もしや仙千代、
儂が茶器を持てと命じたと思うたか!」

 「違ったのですか」

 「刀剣だ、刀剣を考えておったのだ!」
 
 「於市様の御話の次でしたので、
姫といえば刀ではなく器かと」

 先程の勝家ではないが信長こそ、
嬉しいのか悲しいのか不明の心地となって、
一瞬、くらっと眩暈を覚えた。

 あれは我が手に馴染んだ、
まこと、愛しい一品だったのだ、
あの青井戸茶碗……

 今一度、ぐびっと水を飲み干した信長に、
秀政が笑いを噛み殺していた。

 「菊千代!笑うでない!
何も可笑しゅうない!」

 「良いではありませぬか。
仙の申す通り、
於市様の代わりとなるに刀では無骨に過ぎまする。
あの名器なればこそ、
手にして穏やかな心地となり、
爽風が胸に吹くのでございます。
 仙千代は手柄でございましょう」

 「いや、儂は怒っておる。
(すこぶ)る機嫌を悪うした」

 信長の本心は秀政の発した通り、
そのものだった。
 しかし、秀政を前に惚けるわけにもいかず、
不満を真似るばかりの信長で、
ただ申し訳なさそうに身を縮めている仙千代に、
久々にその素っ頓狂を見た思いがし、
実は笑えて仕方がないのを強く堪えた。

 「では、菊千代は退散致します。
せいぜい仙千代をお叱りなされませ」

 「う、うむ。
これは許せぬ失態ゆえ、
強く叱責してやらねばな」

 「仰せの通りでございます」

 秀政はさっと居なくなり、
二人になると信長は仙千代を近寄せ、
叱り、責めるどころか、
思う存分、口を吸い、愛しさを告げた。

 仙千代は恐縮し、
詫びようとしては止められて、
最後には許しを請うことを止めた。
 しかし信長の手が衣の中へ伸びると(たしな)めて、

 「続きは夜になりましてから」

 と身を離し、髪を整え直すと、

 「柴田殿を見送ってまいります」

 と言い残し、信長をつまらなくさせた。
 

 
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