第417話 織田長益

文字数 1,213文字

 信忠の茶会は安土へ移る信長の家臣を
織田家新当主信忠が今までの感謝を込めて慰労し同時、
今後の絆を強める為、期待を寄せての催しだった。
 信忠が直に信長に尋ねをすることはなく、
あくまで側近を間に置いて何事も仰ぐ慣わしで
離れて暮らす今後いっそう
意思疎通に齟齬が生じることがあってはならず、
信忠としては父の近侍に気遣いを要し、
その表れとしての茶事なのだった。

 信長の近侍は若く、
信忠の世代に近い顔触れがこの日は揃い、
自然、華やいだ雰囲気となった。
 菅谷長頼、堀秀政、万見仙千代、
そして尾張北方(きたがた)で祝言の後、暫し帰省していた長谷川秀一。
 茶会の亭主側として、
鷺山殿の弟にして信忠の後見である斎藤利治と、
(たま)さか岐阜へ新年の挨拶で訪れていた尾張知多 大草城主、
織田長益(ながます)が同席した。
 長益は信長の末から二番目の弟で
信長と一回り以上歳の差があり、
二十代半ばを過ぎたばかりの叔父は
信忠にとり臣下でありつつも兄のような存在だった。

 茶会は長益の薦めで公居館広間で行われた。
 長益の(つま)は平手政秀の息女、(きよ)で、
信長の傳役(もり)であった政秀が大変な趣味人であったことから
清もその影響と薫陶を受け、長益の教養や美意識も、
少なからず政秀父娘の影響があった。
 長益曰く茶室は独特の親密を呼び、
味わい深いものではあるが、
冬の公居館前庭は滝の一部が凍り、
木漏れ日が落葉に射して山水画の如くであって、
岐阜を後にする側仕え衆には名残惜しくも記憶に残る
良き思い出になるであろうということだった。
 長益は椿をこよなく愛し、中でも太郎冠者が気に入りで、
色味の乏しい冬庭に太郎冠者の桃色の花が咲く様に目を細め、

 「今日この日、居合わせられたは僥倖であった」

 と笑んだ。
 
 三郎、勝丸といった古参小姓に加え、
虎松、藤丸、銀吾、祥吉ら新米達が立ち働いて、
場は一段と華やいだ。

 「時に殿、これを如何(いかが)御覧になられる」

 長益の手にあったのは美濃焼黄瀬戸の茶碗だった。
信長は経済政策として美濃に尾張瀬戸の陶工達を呼び寄せ、
陶器の一大産地とすべく、窯を幾つも開設させていた。

 「昨秋こちらへ参った折に立ち寄って、
我が手でこれを。
 自ら焼いた器で飲む茶。
 何とも言えませぬ」

 「それはまた。実に興趣に富んだ。
が、師匠や先達からの咎めはありませぬか」

 信忠は自作の器を席に用いる話は見聞がなかった。

 長益はニッと笑った。

 「確かに。
 斯様に自在な真似は茶の湯の道の御歴々の前では出来ませぬ。
然りながら……
殿も一度お作りになられましたらよろしいでしょう。
自ら捏ねて形を整え、土と炎の手助けを得て、
一個の器がこの世に生まれる。
 まこと、神秘を感じまするぞ」

 家督を継いだばかりの信忠は
土を器に変えるだけの時の余裕も心の余裕もなく、
茶会さえ政治的思惑の一場面であり、

 「いずれ御教授願います」

 と笑み返した。
 
 長益も、

 「是非いずれ」

 と信忠の心中を察したものか、
穏やかに微笑を返した。
 
 

 

 
 

 
 
 




 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み