第125話 早舟(3)湯浴み②

文字数 706文字

 「仙は真木島で志願して、
女子(おなご)や子の世話をしておった。
無論、儂は義昭に怒りを募らせていた。
それを酌んだ藤吉郎は敗戦の将以下、
婦人達にも荒っぽい扱いを緩めなかった。
聞けば仙千代は、あの藤吉郎の目も気にせず、
女子供に良くしてやっていたというではないか。
如何なる魂胆で左様な真似をした」

 「魂胆など。
ただ、義尊殿は単なる赤子ではありませぬ。
何ぞ特徴があれば覚えておこうと」

 「仙千代は野次馬根性旺盛じゃからの」

 「恐れ入ります。
穴があったら入りたい心持ちでございます」

 信長はかっかと笑った。

 「野次馬根性も時に良しだ。
大和の神社仏閣は今頃、言っておるであろうよ、
万見という信長の近侍は義尊に会った、
大和へ着いて早々に興福寺が隠す幼児(おさなご)に会った、
万見という側近は何者なのだと」

 頭の働く巻介も義尊のことは気に掛けていた。
しかし真木島で、
既に邂逅を果たしていた仙千代だからこそ、
名を口の端に上げただけで幼君が眼前に現れた。

 「寺はこれからも、
容易く義尊を表に出さぬであろう。
秘してこそ、宝。
そして仙千代は、大和に入って早々、
秘宝を拝む僥倖に恵まれたのだ」

 信長が言わんとするのは、
義尊を引きずり出した仙千代は、
大和の権力中枢で箔がつき、名が広まったということだった。

 「考えてもみよ。
この二年と幾ばくかで、
寺の坊主以外、いったい何人が義尊を見たのか。
いや、見てはおるであろう。
しかし、義尊だと知って見たのではない。
寺の数多の幼児の一人としての認識だ。
その子が足利の子だと思いもせず、見ている。
興福寺が奥深く匿い、実相を晒さぬ義尊という子を、
初日に引きずり出すとは」

 信長は仙千代が為した義尊との再会を、
大手柄扱いした。
 
 
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