第210話 北陸平定戦(2)越前へ②

文字数 794文字

 仙千代は目立ちたがりでも出娑張(でしゃばり)でもないが、
慎ましい本質と共に聡さを故とした好奇心があって、
似た性質の者をよく引き寄せ、
秀才と評判の巻介やらと懇意の仲で、
巻介は「難場」である大和の内情を
詳しく知らせてくるらしかった。

 「さても、巻介の報はたいしたものだ。
この速さで興福寺の心証まで掴んでおるとは」

 「相当に鼻薬をかかせておるのでしょう、
寺に出入りの者達に」

 「僧は僧で一枚岩ではないからな、
僧達は元はと言えば、
公家、武家の二男、三男、四男。
誰しも家の思惑を背負っておる。
寺は寺で大事だが、
この信長に一早く忠節を見せ、
今後の礎とせんという企みを持つ者も居る。
人は所詮、人。
人は力に(なび)くもの。
仏弟子というも多くの凡徒には世渡りの術、
假装に過ぎぬ」

 「はい」

 副状(そえじょう)(したた)める仙千代の筆は止まらなかった。

 「原田が大和、山城の衆に加勢を命じるは、
至極道理に適ったことだ。
己が治める地の武家衆に命じず誰に命じる。
原田が戦っておる時に臣従の者共は知行に残り、
田畑を耕し、鳥魚を獲って待つというのか」

 鬱憤を見せると仙千代が、

 「先だっての羽柴殿の言、
つまり、興福寺は上様の為さり様が口惜しく、
それこそ上様の策が図に当たっている証左ということ、
左様にお思いになられれば、
むしろ愉快でございましょう」

 と目線は書状へ落としたまま、
涼やかな口調が返った。

 「仙千代」

 「はい」

 仙千代の腰をぐいと抱き、口を吸った。
 三年前、岐阜の城へ召し出され、
初出仕の日、
母や姉の縫った着物を取り上げられるは道理に合わぬと言い、
奪われまいとして泣いていた仙千代が、
菅谷長頼、堀秀政、長谷川竹丸ら、
先達が居ない中、
一人すらすらと添え文を書き進め、
自身の情報網で、
「難場」大和の情勢を当たり前のように把握し、
信長を(なだ)めまでする姿に接し、
愛しさが募る余りの小憎たらしさで、
つい、務めの邪魔に入ってしまった。

 「んんっ、上、様」

 
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