第178話 蹴鞠の会(16)長秀の名誉⑩

文字数 590文字

 短気であるはずの信長が説いた。

 「個別の戦績、
交渉の成否に拘泥するでない。
華やかな武功も鮮やかな調略も無論、
何にもまして重要だ。
しかしそれだけで家は回らぬ。
五郎左には五郎左の役割がある。
儂の傍に居て、
いつ何時でも儂の役に立つのだ。
小事大事、かかわらず」

 言葉を深く噛み締めるのか、
長秀は黙し、膝の上の拳を固くした。

 「この期に及んで斯様な話をさせられるとは。
五郎左、今後は立場をいっそう(わきま)えよ。
良いな」

 自省心、慎ましさこそ、
長秀の強さでもあると仙千代はあらためて思った。
 同時、信長が長秀を寵愛して止まぬ理由も、
そこにあるとつくづく知る。

 長秀の丹羽家は、
尾張守護 斯波氏に仕える家柄ではあったが、
けして高家ではなく、
中級程度の階級だった。
 やがて幕府の弱体化が進むにつれ、
下克上の波に乗り斯波氏から家臣であった織田一族に権力が移り、
長秀も信長の知己を得て、十代半ばで家臣となった。
 初陣が十九歳と遅く、
それから七年後の桶狭間合戦でも攻撃隊に入らず、
後詰を担ったことも、
信長が長秀をある意味、特別視し、
格別の信を置いていたことに起因していた。

 信長は今一度、筆を走らせた。

 惟住(これずみ)長秀、越前守(えちぜんのかみ)とそこにはあった。
 
 惟住姓さえ固辞していた長秀に、
越前守の位が加わっていた。
且つ、それは、
今後進軍し、切り取る国々の官位とは違い、
現に領土としている越前若狭の国司としての地位だった。

 
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