第367話 二つの祝言(1)長谷川家

文字数 1,003文字

 皆無とは言わないが基本的に年末年始、戦は無く、
正月に攻め込む例はあったが稀であり、
儀礼行為の多い時節で祝言もそこに含まれた。

 長谷川家の式は飯尾家の姫の輿入れということで、
昨今の織田家の家臣の婚礼に於いて最も華麗なものだった。
 仙千代が耳にしたところでは、
御供衆が運ぶ輿、長持、唐櫃が長い列を作り、
衣装、化粧道具、調度等、
持参品は豪華、膨大なものだったという。

 婚礼初日は両家の親族のみで行われ、
この日、初めて花婿、花嫁は顔を合わせる。
 その夜、二人で過ごし、
翌日以降、来客も加わっての祝宴だった。

 信長の名代として大津長昌、菅谷長頼、
堀秀政と共に仙千代も参席となった。
 丹羽長秀や羽柴秀吉の遣いもやって来て、
宴は盛大だった。

 仙千代は(はる)姫に対面する前、
館の庭で秀一と行き会い、
祝いの言葉を述べ、

 「姫を何とお呼びしておるのじゃ。
上様の御血筋だと思えば呼び捨ても畏れ多いような」

 と尋ねると、

 「無論、名を呼んでおる」

 と秀一は答えた。

 「於犬様や於市様に似て、
たいそう麗しいのじゃろうなあ」

 秀一はさっと紅潮した。

 「おっ!照れておる、竹が照れた!」

 「(やか)しい」

 「お美しいのじゃなあ、やはり」

 武家の婚姻はあくまで政略を事由としていて、
互いの好悪の感情が入り込む余地はない。
 だからこそ生涯添い遂げる伴侶として、
気性が合い、慈しみ合えればそれに勝ることはない。

 仙千代は特に反応を期待したわけではなかった。
 が、秀一が、

 「目の大きな女子(おなご)だ」

 と言い、またも頬を染めたのを見逃さなかった。

 「竹!羨ましいぞ!もう惚気(のろけ)か!」

 そこへ通り掛かったのが秀一の舅、飯尾尚清(ひさきよ)だった。

 「目の大きな。確かに。
婿殿の言われる通り」

 尚清に秀一、仙千代は頭を垂れた。

 「目出度きこの日、堅苦しいことは抜きじゃ。
しかし儂こそ驚いておる。
 あの華が何とまた、ああも塩らしいとは。
昨日といい今朝といい、
竹殿をちらちら見ては恥ずかし気にし、
あれほど殊勝な華は初めて見たわ。
 とはいえ、一人娘で甘やかしてしまった。
竹殿、御苦労かもしれぬが華をどうぞ頼みまするぞ」

 尚清の笑顔が冬の晴天に映えた。
 この後、祝宴で挨拶を交わした華姫は、
織田家の姫の美の系譜の御多分に漏れず、
色白く、漆黒の髪は艶めいて、
眉目秀麗の美姫だった。

 花婿は凛々しく、花嫁は含羞を帯びて笑み、
二人は絵から抜け出たように麗しかった。
 


 

 


 


 

 

 



 

 



 
 


 

 
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