第117話 相国寺(9)将軍の子⑨

文字数 614文字

 寺の外務、財務を司る主立った僧達と、
初回のこの日はほぼ顔合わせに終始し、
やがて茶が運ばれた。
 茶請けは煎った青えんどうに砂糖を(まぶ)し、
青海苔や桂皮で風味が付けられた五色豆(ごしきまめ)だった。

 「時に義尊殿は、
如何お過ごしでいらっしゃいましょう」

 義尊の名を出すと、
上下の僧正達に抑えた緊張が走った。

 「斯様な豆菓子はまだ召し上がられませんね。
確か、ようやく近々、三歳に」

 仙千代の一言で、

 「義尊殿をお連れせよ」

 と、直ちに差配が為された。

 仙千代の隣の巻介はじめ、
背後に控えた織田家、(ばん)家の御伴衆さえ、
安堵の溜息が音もなく(こぼ)れたようだった。
 
 義尊に対しての物言いが具体的であったことから、
仙千代が義尊を知っていると僧正は察し、
最早、若公を匿しておくことは困難であると、
判断を変えたに違いなかった。

 義尊は、預かる興福寺にとって、
何かにつけて利用価値のある手駒であって、
万一にも早死にされては困る「御秘蔵」だった。
 だからこそ幼くして亡くなる子の多い世で、
義尊を表立った場所へ出すことは、
寺にとって得策でなく、
仏門の奥深く、秘しておきたい存在だった。

 あの赤児、どのようにお育ちか……
生れて三年(みとせ)というと、
上様の御子様方を拝するに、
成長の一過程か、嫌々をなさったり、
若君であれば跳んだり走ったり……

 仙千代は岐阜城の若君、姫君を思い描いて、
義尊の成長した姿を待った。

 やがて、

 「義尊様、入られます」

 という先導役らしい若い僧の声がした。

 
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