第138話 三つの城(7)坂本城⑥

文字数 851文字

 秀吉が小柄な体を半歩、前に進めた。

 「仙殿!」

 「はい!」

 「それが明智の一族なのじゃ。
風雅を取り繕っておるが根は狐。
けして騙されてはなりませぬぞ!
朝倉を捨て、将軍を裏切った。
それが明智なのですぞ!」

 十四才だった仙千代は織田家有数の大武将、
羽柴秀吉に唾を飛ばされる勢いで大声を浴び、
豆鉄砲を食らった鳩の如く、
目を白黒させた。

 しかし、ふと不思議な思いが湧いて、
唾を浴びつつも仙千代は、
思ったままを訊いてしまった。

 「延暦寺征伐、足利義昭追放と、
世を平らかにせんとする上様の勢いは止まることを知らず、
今では各国の大名、武将が列をなし、
どうぞ御家来にして下さいと頼みにくるではありませんか。
上様は昨日の敵を御赦しになり、
時に領地を安堵し、新たにお与えにもなる。
あの年配の明智殿ゆえ、
織田家にお尽くし申し上げようとなるまでに、
苦労を重ねた過去がおありになるのは、それは、」

 「万見殿!」

 「はい!」

 秀吉の眼が射るようだった。
が、眼の矢は一瞬で、
即座に優し気な光に変わった。
 それは仙千代が、
信長の寵童であるという身分のせいに違いなかった。

 「真っ新(まっさら)な仙殿なればこそ、
言うておるのじゃ。
狐の術に(はま)ってはなりませぬぞ。
万一にも上様が仏敵呼ばわりされてはならぬ、
それは悲しいと言う儂に同調する振りをして、
蓋を開ければ叡山で鬼の振舞。
面従腹背、ああ、恐ろしや」

 柴田勝家、佐久間信盛、
丹羽長秀といった宿老達は明らかに格上の存在で、
織田家中に於いて秀吉が妬心を抱く相手には成り得なかった。
 光秀は秀吉より後に家臣の列に加わって、
先に城を手に入れた。
 激しい焦燥が秀吉の光秀嫌いに拍車をかけたと
仙千代は知った。

 羽柴殿は陽気で楽しい御仁だと思うておったが、
別の御顔があるんじゃの……
それでも明智殿が狐だ何だ、
よもや、左様な……
 明智殿は見識、人脈、ことさら広く、
そのすべてを上様に捧げ、
織田家の躍進に多大な貢献をされている……
 上様が大きな期待を寄せられる気鋭の御二人、
仲良う手を携えるわけにいかんのか……
 

 


 


 
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