第361話 慌ただしい日々(2)飯尾尚清 到来

文字数 1,237文字

 近藤源吾重勝の祝言が師走早々行われるということで、
またも仙千代周辺は忙しさを増していた。
 そのような時節、
尾張国 北島城主 飯尾尚清(いいおひさきよ)が津島の銘酒を土産に、
信長を来訪した。
 表立っては歳末の挨拶という体裁をとってはいたが、
尚清の落ち着かない様は単なる礼訪ではなく、
他に目的があるように見受けられた。

 事実、信長に秀一、仙千代が持していると、
折り入っての話である故、
人払いをと尚清は言い、信長が、

 「この者共は良いのだ。
竹丸、仙千代に聴かせられぬ話など無い」

 と言うと尚清は一呼吸置き、
意を決したように口火を切った。

 「(はる)に縁談が舞い込んだのでござる」

 「ほう。於華(おはる)に」

 仙千代は北島城に出向したことは一度となく、
過去、飯尾家の一人娘、華姫の尊顔を仰ぐ機会は無かった。

 華姫……御縁談……
 それは目出度い……
 が、隠岐守(おきのかみ)殿は心騒ぐ御様子、
上様の裁可を仰ぐにしても、
何やら御様子が……

 仙千代は尚清を注視した。

 飯尾家は織田氏流 飯尾氏の宗家で、
織田家と飯尾家は積年にわたる血族間の婚姻により
幾重にも血脈を結んだ特別に濃い縁戚であり、
信長にとって譜代の中の譜代と言える連枝衆だった。
 
 飯尾というのは武家に於いて最も格式の高い名族の一つ、
斯波氏の縁者である飯尾家を指しており、
尚清の祖父が飯尾家へ養子に入って以降、
一族はその苗字を名乗った。
 
 尚清の生母は清華家の三条家に縁を繋ぐ名門の血筋、
室町幕府管領家であった細川晴元の娘で、
そのような縁を(たの)んで信長は、
尚清に文吏的な役目を担わせており、
博識にして教養のある尚清は京で評判が良かった。
 
 また尚清の父はじめ、
飯尾家は多くの家臣が桶狭間合戦の鷲津砦で討死し、
玉砕の砦となった鷲津での戦いぶりは、
現在の織田家の隆盛の礎を成したとも言え、
信長の飯尾家に対する謝念は実に深いものがあった。

 尚清は自身が織田の男である上、
織田家の姫を室としていた。
 尚清の正室は織田家先代 信秀の十女で、
信長の異母妹(いもうと)にあたる。
 尚清は信長より幾らか年長の為、
二人は互いに親族であると同時、
義兄、義弟の間柄にもあった。

 「この酒は懐かしい。
父が好んだ酒じゃ。
 やはりそこは我が異母妹、良う知っておる。
話が済めば是非にも今宵、酌み交わそう。
 ゆるりとな」

 主君たる信長に尚清は恐縮しつつ、
今はそれどころではないという風でもあって、
どうにも目線が落ち着かなかった。

 察した信長が戻した。

 「於華(おはる)(よわい)十五か、十六か。
いや、十七か。
 うむ、縁談が舞い込む年頃じゃ。
 確かに、確かに。
 戦にかまけ、この叔父、儂が、
むしろ気が行かなかったことを詫びねばならぬ。
 はて、それにつけても華を嫁にという家なれば、
さぞ大した家柄なのであろうな」

 天下を統べる信長譜代の血族にして義兄弟、
公卿にも絆を結ぶ尚清の一人娘を嫁にというからには、
余程の相手であるに違いなかった。
 そもそも信長の姪を嫁に欲しいなどとは、
まずもって願い出るさえ畏れ多いことだった。

 

 
 


 



 
 

 

 
 

 
 
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