第277話 祝賀の日々(7)郷愁④

文字数 839文字

 「一日延ばしで十日間……
平手様……面白き御方でいらっしゃる。
 お会いしとうございました、叶うなら」

 「うむ、平手には左様なところがあった。
面白い男であった。
人好きするというのか、
どうにも憎めぬというか。
見た目、古武士然とした佇まいであるだけに、
諧謔を解し、
風流を嗜む意外が興趣を呼び、
好かれたのであろう。
 妻帯肉食が許された本願寺とはいえ、
坊主は何処までいっても坊主、
数寄者にして見聞の広い平手のような男、
目を惹いて楽しきものであったのか」

 「大殿もあわや寺を焼かずに済み、
幸いでございました」

 「まさに。
父上こそ誰より胸を撫でおろしておられた。
 寺々を焼き討ちしておれば、
それこそ尾張は本願寺の標的となり、
信者が先鋭化して、
出口の見えぬ戦場となった」

 「伊勢長島や越前加賀のように」

 「うむ」

 「平手様の御手柄ですね」

 「そうだ。
平手の尽力、いや、最後は人柄か、
尾張では本願寺の一派、一向宗は広まらず、
その時々力を合わせ、事に当たった。
 それこそ本来の宗教と(まつりごと)の姿。
膝突き合わせ、とくと語り合ったなら、
何も血で血を洗う戦などせぬでも済むのだ」

 尾張と美濃は川を挟んで接しており、
大雨の後はその度ごと地形が変化して、
国境が流動化しては、
農地や百姓の帰属をめぐって争いとなり、
大小の戦闘が常に繰り返されていた。
 尾張、美濃は共に肥沃で、
石高は当時でさえ其々(それぞれ)五十万はあり、
尾張は大きな貿易港を、
美濃は豊かな森林資源を擁し、
富裕さに於いて拮抗していた為に、
幾度も境界争いをしては決着がつけられず、
ならばと、
美濃 斎藤道三の娘を信長の正室として迎え、
縁組することで和睦をはかり、
武田、今川、松平といった敵から尾張を守ることとして、
その時、発案から婚儀にこぎつけるまで、
すべて仕切ったのが政秀だった。

 「多くの家来の力の上に今の儂はある。
中でも政秀は忘れられぬ男。
政秀は真に剛の者であった。
戦でもあるまいに己が命を……」

 仙千代は箸を置き、
両の手を膝へ乗せ、信長の言葉を全身で受けた。

 
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