第309話 長良川畔(3)岐阜城の姫達①

文字数 1,264文字

 仙千代は堀秀政と共に岐阜城の霊所、
つまり御殿の仏間へやって来ていた。

 城には信長の母 土田御前、
正室 鷺山(さぎやま)殿、妹 於市の方、
信長の娘や姪など、多くの姫が住まわっていた。
 側室方も、戦で夫を喪った子連れの女人から、
公家の娘まで多彩に居て、
信長を取り巻く女御達の幾人かは当然のこと、
古参の侍女達も於艶の方を知る者は少なくなかった。

 秋山虎繫らが断罪の憂目に遭う一方、
同時進行で信忠の凱旋帰国の準備も進められていた。
 
 勝利と敗北。
 盛栄と衰退。

 残酷にまで光と影の境界線は鮮明だった。
 刑場は長良川畔に設営されて、
河原からは金の(いらか)の豪壮華麗な岐阜城が望まれた。
 岩村へ嫁す前、於艶の方は死別・離別で婚家を出る度、
清須、小牧、岐阜と、
その時々の信長の居城に身を寄せ、日々を送った。
 
 仙千代は信忠凱旋という慶事の受け入れ態勢に不備がないよう、
近藤源吾重勝や市江兄弟はじめ家来衆と
城下あちらこちら走り回って支度を整え、
かつ、普段通り取次や書状管理を行い、
はたまた岐阜で預かっている酒井忠次の二男 九十郎が
麻疹(はしか)になったというので見舞いは当然のこと、
医師を幾度も派遣して万全の治療を施し、
万が一にも徳川家重臣の子息に別条がないよう計らい、
その上に年の瀬のことで、
東西から歳暮と称し、銘酒、山海の珍味、
名器、名刀、名馬や珍鳥等、降るように届き、
それらの仕分けをし、目録を作り、礼状も書き、
合間には信長の御呼びに応じて言い付けをこなし、
身が三つあろうと足りぬ程であったところに、
城の女人達が岩村陥落の戦後処理に動揺せぬよう、

 「見張ってまいれ」

 と命令されたのだった。

 見張れと言われても、
御母堂様や御方様方が何某か企てるとは思われぬ……
上様の御裁きは絶対なのだから……
 しかも上様には珍しい、ある意味、
曖昧な仰り様……
 見張るといっても何をどうすれば……

 幼い若君数名の他、
「見張る」のが老若の姫ばかりであることも、
仙千代には戸惑いだった。
 姉妹に囲まれて育ったとはいえ、
主の母、正室、側室、縁戚の息女に対し、
このような悲劇の渦中、
十代半ばの自分が乗り込んで何をすべきか、
いや、何が出来るというのか、
そもそも雲を掴むような言い様の信長で、

 困った……

 と難渋し、肩を落としていたところ、
始終を見ていた秀政が、

 「一緒に参ろう」

 と声を掛けてくれたのだった。

 「恐れ入ります」

 「何、儂も姫様達が気になっておったところだ」

 「はい」

 「御前様にとって、亡き大殿の妹君。
鷺山殿には若くして過酷な境遇を潜り抜けてきた者同士。
於市様には叔母君とはいえ幼馴染……
それが於艶様。
 皆様の御胸の内を思うと……」

 秀政は歩みを速めるばかりだった。
 遠山景任が跡継ぎを残さぬまま病没した岩村へ
末は城主となるべく御坊丸を入城させる旅で、
随行の一員にかつて秀政はあり、
今の仙千代のような齢であった秀政は、
初めて(まみ)えた於艶の方の凛とした美しさを以前、
仙千代や竹丸に憧憬を込め、
唇の端(くちのは)に漏らしたことがあった。

 秀政の背に仙千代が掛けられる言葉はなかった。



 

 

 

 



 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み