第73話 岩鏡の花(5)検視⑤

文字数 873文字

 先般の武田勝頼による長篠攻めがそうであったように、
通常、籠城相手に対しては、
兵糧の搬入路を断つことが第一義だった。
 
 生命の源、食物が無いことは、
兵達の体力を奪い、戦闘意欲を喪失させる。
 故に長篠の戦いでも、
武田の主砦である鳶ケ巣(とびがす)山に討ち入る際、
信長は、徳川軍大将 酒井忠次(ただつぐ)
織田軍大将 金森可近(ありちか)に、
攻撃が始まり次第、真っ先に兵糧庫を燃やせと命じ、
一方の武田軍も、
長篠城の食糧貯蔵庫である(ふくべ)丸を、
焼き討ちにした。

 天然の要害に建つ長篠城だが、
崖続きの山頂に座す岩村城の堅牢ぶりはその比でなく、
兵糧攻めを選択せざるを得ないというのが実情だった。
 
 信長が岐阜を征圧し、
美濃に力を及ぼすと、爾来(じらい)
名門武田と新興織田の狭間で揺れた岩村城は、
家臣団が二派に分かれて互いに遺恨を抱いている。
 秋山虎繫が城を奪って三年経つ今も、
結束に綻びがないとは言い切れない。
 
 そうした状況下であれば、
城を内部から瓦解させる手段が有効なのだが、
今回、特殊な事情があって、
内応工作は困難だった。
 事情とは、他でもない、
女城主と、城を奪った武将が婚姻関係を結び、
嫡子までもうけていることだった。
 合戦中に気に入った兵を見付けると、
男色相手として誘拐し、
衆道関係を結んでしまうようなことさえある戦国の世でも、
流石に城主と敵将が結ばれるなど、
信忠は見たことも聞いたこともなく、
戦地に身を置いてもみると、
織田家から預かった養嗣子を人質に出し、
そこに居座った虎繫に対し、
岐阜城で接した時の奇妙丸時代の憧れは消え、
強い憤怒が湧いた。

 御坊丸が甲斐へ出された時点で、
織田方に(くみ)した有力家臣は、
既に追放、粛清されているだろう、
かといって、
けして一枚岩ではないのが今の岩村……

 秀隆、竹丸により、
今一度、兵糧攻めの有効性が説かれ、
一同、認識をあらたにしたところで、
信忠が仙千代に下問した。

 「兵糧攻めにより、日を追うごとに、
敵の困窮が増すことは目に見えている。
だが、兵糧攻めは諸刃の剣。
我が軍は三万の兵を抱えておる。
上様にぬかりはないと存じておるが、
岐阜の後詰について最新の情勢を申せ」

 

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