第110話 相国寺(2)将軍の子②

文字数 1,041文字

 真木島城の戦いで信長が足利義昭を征圧した際、
かつて平清盛が、
源頼朝を生かしておいたことが平氏滅亡に繋がったと言って、
忘恩の徒、義昭共々、
子の義尊も処刑すべしという声が織田家中にはあった。
 しかし幕府を滅亡させたとなれば、
朝廷に歯向かったという口実を諸大名に与えかねない。
 また信長の深謀は別のところにあって、
実は義尊を若将軍の地位に置き、
その上に自身が立つ構想もないではなかった。
 
 結果として信長は将軍父子を助命して、
義尊を傀儡擁立することはなかった。
 そこには大局的見地から、
禁裏への忖度を見せておくことが、
より有用であるという判断があった。
 
 蘭奢待を信長が切り取ることを許す一方、
信長とは因縁のある九条禅閤に、
信長献上の香木を下賜した帝は、
実効権力者たる信長を頼りとしつつ、
その力が突出することを好まなかった。
 信長も例えばかねてから、
帝の嫡男 誠仁(さねひと)親王を猶子に迎え、
朝廷の保護者であることを世に喧伝し、
自らの権威に朝廷を用いることを良しとしていて、
義昭、義尊の処遇に関し、
最終的には帝の思惑に従う体裁を取った。

 言ってしまえば、信長と朝廷は、
あちらがこちらを使うなら、
こちらもあちらを使うのみとでもいうような
身も蓋もない味気ない関わり合いではあったが、
存在意義を互いに重々認識していることでは一致していて、
その点では一枚岩だと言えた。

 義尊の生母 さこ姫は、
播磨国龍野城主 赤松政秀の娘で、
信長の養女になった後、
義昭の側室として足利家に入り、義尊を産んだ。
 信長と義昭が決裂すると、
さこ姫は義尊と生き別れ、
信長の肝煎りで内大臣 二条昭実(あきざね)の側室として再嫁した。
 今春、九条家に於ける祝宴に、
仙千代も信長の従者として堀秀政らと出向いたが、
乳呑児、義尊と離され、
前夫である義昭から昭の一文字を受けている二条卿に
嫁がねばならぬ姫の数奇な運命に、
仙千代はじめ一堂、
心の奥で哀れを禁じ得なかった。

 先日来、大和に於いて諸所を回った時に仙千代は、
真木島での戦以降、この二年で、
興福寺で義尊に会った者は居るかと先導役の野木巻介に訊いた。
 案の定、否という答えが返った。

 「居らぬ。
誰も面談を許されておらず、
むしろ、会わせよと誰も言うてはおらぬ。
我が殿は御多忙で義尊様については後回しとお見受けする。
他の御家臣も同様で、
また、小姓衆は義尊様への関心が有るのか無いのか。
それにしても仙千代は……」

 「儂は?」

 仙千代の本意を察する巻介は、
明るく笑い飛ばした。

 「曲者じゃの!顔に似合わず」

 
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