第401話 吟味

文字数 728文字

 溜息をついた仙千代に成り代わってか、
秀政が、

 「ここは居場所ではないと。
それが分かったのだと。
 良し、して、何処へ行こうとしておった」

 と問うた。

 小弁はただ、唇を噛んだ。
身を寄せる先があるのだとしたら山口座の他はなく、
そこに良い思い出があろうはずはなかった。

 「一座に戻り、稼業を続けるか。
ずいぶん花のある役者ぶりだと聴いた」

 と言う秀政に小弁は頭をぶんぶん振った。

 「戻らんけ。あそこには。
歌も舞いも儂は好まん。
食うが為、やっておっただけのことじゃけ、
あそこには儂は戻らん」

 身を縮めていた小弁がそれだけは声を強めた。
 仙千代は驚きを隠せなかった。
 あれ程の才を見せるからには精進があり、
その精進は糧を得る為でもあろうが、
好きこその何とかで、
孤独な小弁は芸の道に甲斐を見付け、
励んでいるのだとばかり考えていた。

 「皆が皆、その芝居に涙して、
また、腹から笑い、世の憂さを忘れた。
 それが、好きではなかったと?」

 と仙千代は反問した。

 「理由なんぞ無い。
好きでも何でもなかったことじゃ、
ただ、それだけじゃ。
 一座が泥棒一味なら儂は盗んだ。
盗んで、食った。生きる為。
 それが旅の役者であったというだけじゃ。
才も何も、飯の為、
やっておっただけのことじゃけ」

 それはそうかもしれないと考えを改めずにいられなかった。
小弁の境遇からすれば、
(のき)は山口座であり、
一座を出たならそれは等しく死だった。
 芸が拙ければ折檻を受け、
たいした飯をあてがわれるでもなく、
それでも軒は軒で、寄る辺ない小弁には、
芸だけが糊口をしのぐ方便だった。

 秀政が、

 「万見様に頼み込み、
ここへ来たのではなかったのか。
何が気に食わぬ。
 いや、何か、誰かに言われたか」

 と尚も問い詰めた。

 

 
 

 
 
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