第196話 常楽寺(7)涙②

文字数 544文字

 吠えるような泣き声を聴き付けるや否や、
それまで平伏するばかりであった石田佐吉が
次の間に眼をキッと向け、

 「御無礼仕ります!」

 と信長に許しを請うが早いか膝行で襖に寄って、
ぴしっと開けた。

 そこには秀吉の縁戚の小姓二人、
例によって福島市松、加藤夜叉若が居り、
号泣の主は市松だった。

 とはいえ、
夜叉若の目も真っ赤になっている。

 「侍する身で、泣き喚くとは言語道断、
上様にお詫びせよ!」

 佐吉の剣幕に市松は、

 「申し訳ございませぬ!
申し訳ございませぬ!」

 と、これまた大声で叫び謝り、
押し殺して感涙していた夜叉若も同罪だとばかりに、

 「御容赦下さいませ!
何卒何卒!……」

 と身を平らにし、縮めた。

 佐吉は二人の横へ移ると、

 「これら、不束者(ふつつかもの)、無作法を働き、
ただ恥じ入るばかりにございます!」

 と、自分も二人以上に頭を床にすりつけた。

 市松は桶屋の、夜叉若は鍛治屋の息子で、
共に秀吉に出自が繋がる家の子だった。
 市松も夜叉若も物心ついた時には秀吉が、
既に出世街道に乗っていて、
飢えや渇きの苦労は知らずに長じた。
 しかし如何なる艱難辛苦の道を歩んできたのか、
慕い、敬う秀吉に、
事あるごとに恐らく聞かされており、
主の悲哀も喜びも我が身に降ったと同然に受け止め、
感じているのだと仙千代に想像された。

 
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