第60話 岩村城攻め(4)公居館④

文字数 1,026文字

 信長が、

 「ほぼ出尽くした」

 と言ったからと、

 「何もございません」

 では甘えになると仙千代は捉えた。
 
 例えば近々、
酒井忠次父子が岐阜へ来る際の饗応を任され、
今後、
徳川家との取次役も任じられたというのに、
何の意見も言えぬでは、
いかにも木偶(でく)のように自分を思われ、
仙千代は別の視点から見解を絞り出した。

 「上様が上杉に使者を送られて、
未だ十日経っておりませぬ。
しかし、四郎勝頼は甲斐へ戻らず信濃に留まり、
三河との国境を固め、
我が方に通じる選択をした信濃の国人、
坂西経定一族を討ち果たしたと聞き及びます。
斯様に素早い動きは武田家の底力を見せるもの。
上様が常々仰せであられますように、
四郎は敵将ながら才ある武人だと、
認めざるを得ぬところ」

 ここまで語って信長、信忠はじめ、
長頼、秀政、竹丸が黙して耳を傾けているので、
仙千代は続けた。

 「武田は、御旗(みはた)楯無(たてなし)の許に今一度、
兵の結束をはかり、
日増しに軍の勢いを盛り返しておるのでございましょう。
また上杉輝虎と武田勝頼は、
境遇に似たところがあり、
共に本来、家を継ぐ立場ではなく、
曖昧な形のままの家督継承に苦しんだ由。
その上、両家は足利家と親しく、
輝虎という名に至っては亡き義輝公から受けた一文字。
長年国境争いを繰り広げた両家は、
武田家が代替わりしたことにより親和性を増したとも言え、
上杉家にとって(くみ)し易いのは、
我が方か、武田か、果たしてどちらか。
我が方に付けば最後、
併呑(へいどん)される危うささえある一方、
若い四郎勝頼であれば、
収斂(しゅうれん)の最終段階に於いて、
負ける気はせぬというのが、
上杉輝虎殿の思うところではございませぬか」

 顕如率いる本願寺と武田家は閨閥で結ばれており、
本願寺配下の武将であった日根野弘就(ひろなり)は、
武田家の内情に通じていた。
 仙千代が弘就と話した時に、
信玄はかねてより、
新たな代になったなら上杉と和睦をはかり、
織田に対抗せよと重ねて勝頼に伝えていたのだと言った。

 上機嫌だった信長が眉根をひそめ、
長頼、秀政、竹丸も信長の表情に身を硬くした。

 上杉をたきつける目論見で使者を送った信長の思惑を、
もしや自分は否定したのかと仙千代は思い、

 だが、間違ってはいない、
左様な懸念もあるのだと口にしたまで……

 「なれば上杉は此度、動かぬと申すか」

 「こちらには動くと見せ掛け、
その実、武田の足元を見て、和睦を結ぶ……
十分有り得ると、
危惧の念を抱かぬではございません」

 信長の握った扇が鋭い音を立て、
数度、開け閉じされた。

 

 


 

 

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