第127話 早舟(5)大和の芋①

文字数 1,684文字

 夕餉を共にするよう命じられ、
そこで話は続いた。

 岐阜での酒井忠次(ただつぐ)饗応、
東濃での検使、大和での使者と、
仙千代の数々の初の大役をよく支えたとして市江兄弟、
近藤源吾重勝が相伴に(あずか)った。

 いかに反発を食らおうが、
()の地ではいずれ詳しく検地して、
寺社の収入の正確なところを把握しなければならないということで、
今回は巻介一行と二、三ヵ所の荘園を案内もされず、
たださっと見て、
仙千代はその際、大和特産の芋を手に入れ、
土産にしていた。

 「粘り気強くして味に癖がなく、
多彩に用いられる芋であるとか」

 と、彦七郎がとろろ飯を頬張り、

 「汁物に落とし、具にしても変色せず、
白きままにて、見栄えも宜しゅうございます」

 と、続けて汁を飲んだ。

 彦八郎も、

 「鍋や汁の実、菓子の材料、
胃の臓の調子を整える薬種など、
万能の食材として栽培されている由」

 と、兄を受けた。

 何かと機嫌の良い信長が、

 「見栄え良く、しかも多彩とは、
万見の殿のようじゃな。
今は日焼けしておるが元は色白。
そこも似ておる」

 と言うと、当の仙千代のみならず、
一同、何と応じるべきか困惑気味となった。
 しかし信長は相変わらずで、

 「嫌な癖がなく、粘り強いというのも、
仙の性分そのままじゃ」

 と、芋の白煮をほくほく、口中で転がしている。

 身内の集まりとはいえ、
給仕役の小姓達も居る席で手放しで仙千代を褒め、
ほぼ愛でるに等しい言い草の信長に、
全員ますます困惑し、
仙千代が少々唐突に話題の向きを変えた。

 「それがこの芋も、東大寺、興福寺、
法隆寺といった古刹の荘園が独占するように栽培しており、
良質な種芋は民になかなか渡らぬというのです」

 信長は仙千代の流れにすんなり乗った。

 「民を貧しくさせてどうする。
けしからぬ」

 「まさに」

 「法隆寺は先般、東西に内部で別れて争って、
それこそ塙九が儂の指図で仲介に乗り出したのだ。
戦働きに加えてその苦労。
一時、九郎は心労か、眼病を患い、
まこと、気の毒であった」

 「はい」

 「民が肥えれば税も増える。
それが分からんとは、
どんな理屈で坊主の頭は成っておるのか。
大和の百姓をどうにかしてやらねばな」

 仙千代の見たところ、
大和は災害の少ない土地柄ながら山間部が多く、
人々の糊口を潤す方便が寡少であるという印象だった。
そこに加えて、
大陸伝来の高度な技術を伴う用品、工芸の製造や、
目下も話題の大和の芋など市場産物は寺社の荘園が
良品を栽培していて
農民の作物は品質に劣り、競い合えば負けてしまい、
利益が薄い。

 信長はとろろ飯を一気にかき込み、

 「ううむ、美味い。
だが、この白煮とやらは味がよう分からん。
味噌を持て」

 やがて、豆味噌を小姓が差し出すと、
白く炊かれた芋に味噌をたっぷり乗せた信長は、

 「やはりこれじゃな。
とろろ飯によう合うわ」

 と、珍しく二杯目を所望した。

 「ま、仙千代。
左様なことであるから、今後も塙九と携え合い、
あの地を耕すのだ。
織田家の覇権の行き渡る地としてな」

 信長は芋料理の数々をすっかり腹に収めた。
信長がおかわりまでするとは、
まったく珍しいことだった。

 「おや?源吾、如何した。
その図体でただ一杯で足りるのか。
三杯、四杯と遠慮せず食べよ」

 大男ながら源吾は寡黙であるせいか、
圧迫感は無く、いつも静かな居住まいなのだが、
今はまたいつにもまして慎ましく映った。

 「源吾、儂なぞ既にもう三杯じゃ。
常は儂より食うではないか」

 と言った彦七郎が源吾の異変に声をあげた。

 「なっ、何じゃ!口の周りが真っ赤じゃ!」

 仙千代も、

 「芋にかぶれる質か。何故言わぬ」

 「いえ、出されたものは頂きます。
痒いぐらいは何ともござらぬ」

 確かに膳の上はすべて空になっていた。

 「腫れておる!」

 と、彦七郎が尚も声を張り上げると、
小姓が濡れた手拭いを慌てて出した。

 源吾は軽く頭を下げつつ受け取ると、
患部を押さえた。

 笑えば良いのか、呆れれば良いのか、
いや、やはり呆れるしかなく、
仙千代は、

 「上様の御前ではあるが、
受け付けぬものを無理に食すでない。
身を健やかに保つことは忠節の第一歩であるぞ」

 と叱る真似をした。


 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み