第350話 秀吉の土産(2)馬場六大夫

文字数 888文字

 秀吉はじりっと上段に詰め寄って、
如何にも重要な話だとばかり、声を低めた。
 が、その眼はギラっと好奇心に満ちていた。

 「亡き岩村御前の御子(おこ)
六大夫殿が何と西国は安芸国(あきのくに)に居るというのです」

 信長のみならず一同揃って瞠目し、
誰もが秀吉の次の一言を待った。

 自慢気に秀吉の小鼻が膨らむ。

 「落城が近いと見た秋山虎繫の近侍は独断で、
わずか二歳の六大夫殿を連れ秘密裏に逃避行に出た。
 織田軍の一斉攻撃前の一瞬をとらえたものか、
夜陰に紛れ、逃げおおせたのでしょう。
 ここまでは上様はじめ、皆々様御存知の(くだり)
 さて此処から先が、
藤吉郎最大の土産なのでございます」

 「前置きは良い!続けよ!早う!」

 「ははっ!」

 信長の眼も秀吉に負けずギラついている。
 信忠は例によって茫洋を装い、平静を保ち、
長頼以下、側近団は固唾を飲んだ。

 「武田の領国、信州でも甲斐でもなく、西国の安芸。
そこに小姓あがりの男の慧眼が見えまする。
 武田は沈む夕日。
 いずれの沈没が見えまする。
 一方、安芸は遥か遠く、
織田家の探索の手も届きはしない。
 安芸といえば毛利家。
 毛利家は源氏が本姓。
 秋山虎繫も源氏の高家の家柄にして、
毛利氏とは親和性があり、かつ現在、
実は藤原氏が本姓であらせられる上様が
世には平氏の出であるとの認識が広まる中、
秋山の近侍は思惑をもって毛利を頼りにしたのでしょう。
 話は戻り、六大夫殿は身元を隠す為、
虎繁が私淑していたものか、
武田の烈臣、馬場信春の姓に因んだか、
馬場六大夫と名乗り、
岩村合戦のどさくさ紛れで山路を辿って伊豆へと出ると、
源氏つながりで東国武士の力を借り、
遠州灘、熊野灘、瀬戸内海へと入り、
毛利家参謀、安国寺恵瓊(えいけい)の助言を得、
毛利元就の三男、小早川隆景の許に寄寓となって命を長らえ、
隆景は六大夫殿を強運にして武運の子であると言い、
手元に置いて遇すると約束をしたのであるとか。
 その確約の後、
六大夫殿に付き添った小姓は追腹をして、
秋山虎繫に殉じた模様。
 以上、本日最も大事な話でござった」

 秀吉は一気呵成に語り終え、

 「御無礼仕ります」

 と持参の竹筒の水を飲み、
ほうっと息を吐いた。

 


 

 
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