第165話 蹴鞠の会(3)晴れ舞台③

文字数 811文字

 高位の貴人が賑やかに集った御所の庭で、
誠仁(さねひと)親王は立烏帽子に直衣(のうし)指貫(さしぬき)
出場者は烏帽子に狩衣(かりぎぬ)水干(すいかん)で、
夏の日にふさわしく爽やかな色合いの衣を纏い、
信長ら見学者は束帯だった。
 木瓜紋が織り込まれた漆黒の束帯姿の信長は、
何をするでもなくとも圧倒的な威圧があって、
どれほど高位の客人が他に居ようとも、
誰もが注視してしまうが如く、
強く華やかに浮き立っていた。

 「一旦これにて。
我らは御庭の外に待機致します」

 信長の装束を整え終え、
仙千代ら近習が退室しようとすると、

 「この後は又助に任せてある。
又助に従うように」

 と信長が告げた。

 又助とは太田又助信定で、
丹羽長秀に信長が付けた文武両道の古武士だった。

 「太田殿が居られるということは、
丹羽様もいらっしゃるのですね」

 信長は、

 「さあ、もう行け」

 とだけ言った。

 はたして丹羽長秀はやって来ていて、
太田又助信定を伴っていた。

 信長よりも七つ年長の信定は(おも)しろい経歴の人で、
尾張は安食(あじき)村の土豪の家に生まれ、
実家に近い成願寺で僧侶をしていたところ、
尾張守護 斯波家の知己を得て還俗し、
信長が尾張統一を果たす過程で柴田勝家の家臣から、
信長の足軽と成り、
弓の腕を認められ、信長の近侍となって、
やがて丹羽長秀が大名化するとその与力を務めつつ、
信長と京の寺社の間を行き来して交渉役を担い、
吏僚的働きもこなすという才人だった。
 信定は弓の実力もさりながら、
文才に於いて特別に(みは)るものがあり、
知性豊かな教養人として賀茂神社から認められ、
神社は信定に度々筆を贈与している程だった。

 今日も信定は既に見聞をずいぶん(したた)めていて、
仙千代が近寄って声を掛けても、
挨拶どころではないという風だった。

 長秀が、

 「いったん筆を持ったら、
又助に話し掛けても無駄じゃ。
特に昨今、時に、
平家語りに倣ったか牛一と名乗り、
過日の出来事を思い出しては書き、
周囲にも記憶を確かめ、
膨大な書き物の山を築いておる」

 と笑った。


 
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