第100話 多聞山城(10)花の影⑥

文字数 661文字

 乱世では武将や大名間の戦のみならず、
門徒、知行、既得権益の奪い合いを因として、
宗教寺院同士の激しい戦闘が繰り返された。
 在京の寺が、
これまた在京の寺と戦うとなれば畢竟(ひっきょう)
街の中心さえも大きく焼いて数千規模の死者を出すなど、
寺社は治外法権化して一国の態を為していた。
 歴代朝廷も、鎌倉と室町の幕府も、
宗教勢力を抑えきれずここに至って、
ようやく信長が比叡山天台宗の力を削いで、
今現在は本願寺と対峙している真っ只中だった。

 九条禅閤の猶子、顕如は、
武田家と閨閥を為し、
長島で大敗北を喫して以降も、
信長を包囲する敵勢の先鋒であり続け、
各地で一向一揆を発動し、
包囲網の大元は信長に大恩あるはずの足利義昭だった。
 その義昭は、将軍職に就く前、
興福寺の塔頭(たっちゅう)である一条院の門跡(もんぜき)だった。

 また、本願寺に関して言えば、
もとはといえば比叡山に本拠を置いていたものが、
延暦寺との間で戦が起きると敗北し、
摂津へ逃げ落ちて拠点を移した。
 しかも尚ややこしいことに、
信長が戦った延暦寺の法主は、
帝の異母兄弟 覚恕(かくじょ)であって、
覚恕も天台宗も命脈だけは保ったが、
信長により、
巨大な宗教施設と軍事拠点は失っていた。

 ふと、近藤源吾重勝を見遣ると、
先程の驚いた表情はもう引っ込めていて、
どちらかといえば無聊を(かこ)つというような顔をしていた。

 「源吾」

 「はっ」

 仙千代は、
権力の中枢に身を置いて未だ日の浅い重勝のような男は、
この魑魅魍魎をどのように捉えるか、
何がどうということではないが、

 「これら、縺れ、絡まった糸、
如何に(ほぐ)してくれようか」

 と水を向けてみた。

 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み