第242話 越前国(13)加賀の功

文字数 1,185文字

 窮地を武功に変えた秀吉だった。
 その活躍に免じたか、信長は饒舌を許し、
越前織田(おた)荘から献上された酒を振舞った。

 「……というわけで久殿(きゅうどの)の機転、
敵を蹴散らし、追い込んで、
さても新たな智将誕生かと我が軍の誰もが舌を巻き、
ただ感服するのみでござりました」

 自身のかつての小姓であろうと、
今では信長の最側近である秀政を、
大名たる秀吉が信長の前では敬称した。
 
 「久殿は流石、上様のお側に侍り、
一言一句、一挙手一投足を学びとし、
お仕えしているだけはあると改めて感じ入り、
可愛い子には旅をさせよと申しまするが、
菊千代だった久殿を上様にお引き合わせ致し、
これで良かったのだと感慨深い一戦でもございました」

 「菊は軍才もあると申すか。
いや、たいしたものだ」

 秀政が寵童であった時、
信長は容姿に優れ、賢明な秀政を見込み、
当初から様々な任務を与え、
大きな期待を寄せていた。
 多彩な奉行職を難なくこなしここに至った秀政の
残りの主題が戦功だった。

 「今一度、久殿をお借り受け致し、
この藤吉郎、向かいますかな、
明智殿、一色殿が戦線を張る丹後へと」

 軽口をあげる秀吉も信長同様、
日頃、酒は遠ざけており、
僅かな酒量で酔いが回った。

 「たわけ。調子も好い加減にせよ。
十兵衛の策戦を邪魔するでない」

 十兵衛とは明智光秀を指しており、
官位を賜ったとはいえ、
内々の場では光秀は相変わらず十兵衛、
秀吉は藤吉郎、
そして勝家は権六だった。

 「これは!仰せの通り!
申し訳もございませぬ!
明智殿は策士です故、
藤吉郎めが参じてはむしろ足手纏い。
確かに確かに」

 「何つけ、(やかま)しい奴だ。
左様な大声でなくとも聴こえておるわ。
のう、権六よ」

 勝家は愛想笑いをせぬ(たち)で、

 「戦場の大音に慣れたこの耳にさえ、
(やかま)しく届いておる」

 と秀吉に仏頂面を向け、
ものともしない秀吉が、

 「確かに確かに!」

 と尚も声を張り上げると、
酒を注いでいた仙千代は、
秀吉の唾を浴び、
横目に見ていた秀政からは苦笑を浴びた。

 その夜、信長の就寝後、
仙千代は秀政から誘われ、

 「上様の警護、御苦労であった」

 と酒を注がれた。

 二人きりとなって、
秀政は疲れを隠さず、
ようやく素の表情を見せた。

 「お注ぎします」

 仙千代も秀政の盃を満たした。

 「羽柴殿の御口上、まるで合戦記のよう。
上様、身を乗り出していらっしゃいましたね」

 「実際、小軍とはいえ、
儂には初の大将戦であった」

 若くして頭角を現し、
信長の寵愛に応えた秀政は、
信長が出陣した戦いすべてに従い、
度々戦場へ検使として赴いていたものの、
本格的な実戦は今回が初めてだった。

 「はい」

 仙千代は全身を耳にして言葉を待った。
 しかし秀政は口をつぐみ、
ただ飲んで、
仙千代にも同じだけ、勧めた。

 静寂を秀政の思いとして受け止め、
仙千代も無言を返した。
 秋の虫は二人の沈黙に、
今こそ命の盛りだと声を降らせた。



 
 
 
 








 
 

 

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