第71話 岩鏡の花(3)検使③

文字数 854文字

 仙千代が岐阜での酒井忠次(ただつぐ)饗応を終え、
市江彦七郎盛友、市江彦八郎盛典、
近藤源吾重勝ら、
配下の家臣を従えて水晶山を訪れると、
河尻秀隆が戦況を伝え、
暫し、質疑応答となった。
 
 仙千代は今回、戦目付、
つまり検使の役目であるから、
戦の大局を把握した上、
戦果を挙げた者のみならず、
軍紀違反を犯した者も(つぶさ)に記録し、
信長に報告しなくてはならない。

 信忠にとり、仙千代は、
三宅川河畔での出会い以来、
心に住み着いて、けして離れぬ存在だった。
 強圧的な父親だと信長を見て、
鬱屈したり、反抗したり、
色の無い日々に身を置いていた信忠こと奇妙丸を、
朴直な仙千代は天然の世界へ誘い、
光を教えてくれた。
 幼い日に二人が契った、
いつも傍に寄り添って、
支え合い、生きるという願いは叶わなくとも、
仙千代の成長と息災は信忠の喜びだった。

 今、この水晶山に、
二人を隔てる信長は居ない。
 だが、大役に懸命に励む姿に対し、
甘い感傷を抱くことは、
仙千代に非礼であるという思いが湧いて、
岐阜で父を間にしている時以上に、
信忠は私心を封じた。

 場には陣場奉行の任にある長谷川竹丸、
仙千代、竹丸の上席で、
先に東濃入りしていた、
やはり戦目付の堀秀政も合流し、
織田軍に包囲された秋山虎繫が
降伏を申し出てくる可能性の有無、
その時期などについて、
あらためて論議が交わされた。

 数日間の滞在後、
秀政や竹丸より先に仙千代は帰還し、
信長に戦況の詳細を報せることになっている。

 副将である秀隆が口火を切った。

 「城攻めは合戦の三倍、
四倍の兵を要することは戦の常套。
けして容易いことではありませぬ。
しかも岩村城は、
この水晶山に匹敵する標高にあり、
険峻極まりなく、
山城の多い当地に於いて尚、
他を圧倒する堅城ぶり。
易々と手出しをすれば敵の思うつぼにて、
三万の我が軍が呆気なく瓦解する恐れがあり申す」

 仙千代、盛友、盛典、重勝は、
水晶山に着いて間もない為、
秀隆が気を利かせ、現地情勢を伝えた。

 秀政が、

 「着陣し、かなり日の経つ竹丸は、
如何に観ておる」

 と、竹丸を向いた。

 

 



 


 


 

 






 
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