第245話 勝家への訓令(3)掟③

文字数 992文字

 二年前、勝家は北陸平定を命じられると、
地侍、郷士らに課税して戦費を集め、
一向宗の鎮圧に乗り出した。
 旧勢力の財力を減じれば勝家には有利となるので、
それは常套的な手段であって、
勝家の取った方法が特別苛烈というわけではなかったが、
土豪達は上辺は臣従しつつ、
内実は一向門徒であったり、
または門徒を郎党に抱え、
信長に全面服従したのではなく不満を募らせ、
最後には一向宗と携えて、
勝家軍を苦しめ続けた。

 「税を課すにも細心を重ねねば当地は治まらぬ……
同時、このまま引き下がる一向宗、
そして本願寺ではないと?」

 と問う仙千代に対し、秀政は、

 「一向宗の上に立つ顕如法主(ほっす)
法主と一族郎党が石山本願寺に御座(おわ)す限り、
上様の疑念は払拭されぬであろう。
あれほど堅固な城は稀に見ぬ。
あの地に法主が御座すからには、
戦に果てが来たとは思われぬ。
幼き頃、法主を崇め育ったこの儂にさえ」

 敗けたからには城を明け渡す……
武家同士なら決まりきったこと……
 ところが本願寺は摂津石山に顕如が座して、
その姿に変わりはない……
 あの城を渡さぬ間は終戦ではなく、
内実、停戦に過ぎぬということ……

 真に本願寺との戦いが終わり、
顕如が法名を与えれば受けるのかと、
以前、仙千代、竹丸が訊いた時、
秀政は心から喜んで授かると言った。
 秀政はその日を心願し、
戦いに身を置いているのだと仙千代は酌んだ。

 吹き抜けた風が思いのほか冷たく、
秋の深まりを伝えた。
 
 「狂信は誰も幸せにせぬ。
狂った信仰は、
時の支配者を助け、
衆生の暮らしを楽にするという本願を見えなくさせ、
戦いに挑ませる。
 既に世は上様の覇権が覆っておるに、
何を見間違え、
鍬鍬(くわすき)で人を殺めさせるのか」

 墨の乾きは進み、
秀政は机上に書状を戻し、平らに広げた。

 ここには仙千代と秀政の家来しか居らず、
忌憚ないところを尚も仙千代は述べた。

 「此度の褒賞で、
越前の大部分は柴田殿が賜り、
二郡を越前平定に功あった不破、佐々(さっさ)
前田という御三人が支配を許されております。
御三人は柴田殿が厳しく監察し、
善悪を処断する故、
互いに切磋琢磨を心掛けよとも。
これはそのまま御三人衆が、
柴田殿を見張るということではございませぬか」

 場に緊張が走った。
 仙千代は意に介さなかった。
 信長の意志を尊ぶと同時、
織田家の安寧を願う側近として、
家内に万が一にもひび割れを生じさせまいと慮る心は、
秀政の心証と知恵を望んだ。

 
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