第172話 蹴鞠の会(10)長秀の名誉④

文字数 666文字

 如何なる時も矢立の用意がある信定は、

 「爽やかな夏の夕暮れ、
御酒を召し上がり、御機嫌も麗しく、
上様に大臣職をと発せられた帝におかれましては、
よもやの拝辞をされた上、
返す刀で一挙に六名も推薦されては帝とて一個の人、
御簾の向こうでは、
鳩が豆鉄砲に当たったような面持ちになっておられたやもしれませぬ」

 と、愉快そうに話しながらも、
信長が挙げた六人の名を早く書き留めたいと、
いかにもウズウズしていた。

 「いや、六名ではない。七名だ」

 既に名が挙がっている六名は、
幕府や朝廷との交渉で立ち働いた人物達で、
また全員、
信長の父、または兄世代だった。

 重臣で他に思い当たるといえば、
佐久間信盛殿、柴田勝家殿……

 信盛、勝家は織田家の宿老で、
信盛は摂津の本拠地に居座る本願寺顕如、
勝家は顕如配下の加賀や越前の一向一揆軍と戦っていて、
目下、手強さに苦闘を強いられていた。
 この二人に名誉の御旗が加われば、
地侍達への求心力が高まって、
戦運びが格段に楽になる可能性がある。
 また両名は、
畿内で特別に政治力を発揮した機会はないが、
織田家に於いて、
河尻秀隆や金森可近(ありちか)に次ぐ古参武将で、
誰もが認める重鎮だった。

 佐久間殿、柴田殿、
どちらを推薦されたのだろう……

 巡らせた仙千代の予想は外れた。

 「五郎左、名が変わるぞ。
惟住(これずみ)長秀だ」

 惟住は武家にとり由緒ある名で、
九州に存在した(いにしえ)の武士集団だった。

 長秀がそれこそ鳩に豆鉄砲そうろうの顏をすると、
信定、仙千代も、目を丸くした。
 長秀は信長より年下なのだから、
他の六人と比べ、突出して若年だった。


 

 
 

 

 



 

 

 
 
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