第94話 多聞山城(4)蘭奢待の行方④

文字数 1,200文字

 巻介はいかにも武に弱いという風貌で線が細く、
事実、胃弱であるのか時に丸薬を飲んでいて、
それが岐阜の薬屋のものだというので、
仙千代は今回、土産に持ってきていた。
 主の直政が統治を任されている大和や河内であれば、
名のある薬種商が居るであろうに、
巻介は常用している丸薬でなければと以前から言っていて、
仙千代が気を利かせた格好だった。

 「もしや、知らぬ商人から買って、
毒でも盛られたらとでも思っておるのか」

 前に仙千代が冗談で言うと、
巻介は真面目口調で、
当たらずも遠からずだと答えた。

 「薬は苦い。
何を混ぜられても直ぐには気付かぬ。
我が殿が城代を務める地であろうとも、
付き合いの浅い薬種商から買う気になれぬ。
こればかりはな。
儂が丸薬を買ううちに、
やがて家中に出入りするようになり、
殿の御膳に良からぬものを混ぜられでもしたら大ごとだ」

 たとえ事大主義に映ろうとも、
そのように慎重な者であったから、
直政は巻介を傍に置き、よく仕事を与えた。

 大和での信長の悪評を知り、
仙千代が憤慨すると巻介が応じた。

 「ほんに口惜しい。
滅多に心持ちを表にされぬ我が殿も、
上様への悪声を耳にして御不快を隠さなかった。
戴香の際、
奉行として式を監督する為、
殿が如何に学ばれ、
綿密に支度されたか。
すべて、禁裏に失礼があってはならぬ、
無礼があっては上様の名折れ、
左様なことがあってはならぬという一心だった。
それを誰が言い触らすのか、
上様は強引に帝と東大寺に迫り、
軍を御倉へ遣った、その上で開錠させた、
無理やり稀代の秘宝を手に入れたと言って、
それが事実であるかのようにいつしか広まり、
今では商人、百姓までも、
上様を大和の怨敵のように……」

 大和の実権は興福寺が握り、
寺社と貴族階級がそれを支えた。
 蘭奢待とて、過去に授かった四人は、
公卿の藤原道長、
源氏の血を引く足利義満、義教、義政という、
全員がいわば貴顕であって、
越前の守護に仕える神官を祖とする信長だけが、
異質の存在だった。

 「上様は蘭奢待の半分を帝に献上された。
その行方、存じておるか」

 仙千代は巻介に問うた。
気になっていたことではあったが、
未だ、答を知らないでいた。

 昨年、蘭奢待を焚いての記念茶事の後、
片付けの合間に竹丸は、
信長が献じた香木を、
帝が手元に置くことはないだろうと予測して、
仙千代を驚かせた。

 「長谷川竹丸は、
毛利あたりに下賜されるのではないか、
朝廷は支えが多いほど安泰、
なれば、西国の有力者である毛利に渡すことも、
なくはないと」

 「なるほど。竹丸らしい。
悪くはない。それも確かに」

 「では、違うのか」

 巻介は仙千代が渡した丸薬を今一度、
頭上に頂いて謝意を見せ、懐へしまった。

 「九条禅閣に下げ渡されたのだ、
上様の蘭奢待を、帝は」

 「九条卿に!」

 その名を聴いて仙千代は、
奈良京(ならのみやこ)も、やはり京で、
畿内は大きく一つなのだと今更ながら、
強く思念が込み上げ、嫌な汗が流れた。


 




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