第203話 楚根城(6)『鞍馬天狗』②

文字数 820文字

 大天狗が秘密で差し向けた小天狗達と
剣術の稽古をした牛若丸は、
打ち負かすことをしなかった。
 手ぬるいと大天狗は叱ってみせた。
 
 「大切な師匠の御家臣を傷付けまいと、
手加減したのでございます」

 牛若丸は技だけでなく、
心の成長を遂げていた。
 敬慕を訴え、
師の家来を思いやる健気な心に大天狗は、
恥辱に耐えて漢王朝の建国に尽くした
張良(ちょうりょう)の故事を思い出し、
語って聞かせ、
ついには兵法の秘事を伝授する。

 牛若丸に武の極みが伝えられると、
参集している天狗達が寿いで、
祝福の声を山々に響かせる。

 大天狗は、

 「思えば其方(そなた)は、
高貴な血筋を受け継ぐ清和源氏の末裔。
遠からず、平家を追い落とし、
波に乗り、雲を駆け、
雪辱を果たす日が訪れる。
私は貴殿を守護しよう」

 と語った。

 牛若丸は袖に縋り、師との別れを泣き惜しむ。
 大天狗は、
いつも私は見守っている、
そして源氏再興の狼煙(のろし)が上がった暁には、
必ず力になると約束し、
牛若丸の活躍を予言すると、
鞍馬山の夕闇に消えていった。
 
 ……

 粗筋を聞き知っていた仙千代だったが、
「余興」といえども周到な衣装、装置、
何より舞、音曲、台詞に引き込まれ、
一鉄の子や孫の熱演が胸に迫って、
京で観覧した八番同様、
いや、それ以上に感銘し、頬が濡れた。

 信長の正室の異母妹(いもうと)(つま)に迎え、
自身も信長の馬廻りを務めた一鉄の嫡子、
貞通(さだみち)を中心に稲葉家総出で演じられた鞍馬天狗は、
無骨ながら威厳ある大天狗、
美しくも孤独な牛若丸、二人の交情が、
花盛りの宴の出逢いに始まり、
最後は深山での別れで終わるという、
師弟の強い絆が描かれて、情趣に満ちていた。
 信長の為、一族郎党が集っては、
稽古を重ねたことも伝わって、
とりわけ、
寺の稚児や小天狗に扮した幼児達は、
何かと辛抱だろうに、
堪えて演じる様は凛々しくも愛らしかった。

 まこと、心、打ち震える……
御家再興を決意し、厳しい修行に身を投じ、
慕ってやまない師と別れ……
牛若丸、立派じゃ、
流石、源九郎判官義経(みなもとのくろうほうがんよしつね)殿じゃ!……

 
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