第74話 岩鏡の花(6)検視⑥

文字数 1,083文字

 数で優位に立つということは、
その分、食糧を多く要するということで、
自軍が飢餓に陥っては何にもならない。
 しかも日々、
支城や砦で戦闘行為が行われていて、
将兵は悠長に寝て暮らしているのでもない。

 いざ、開戦を聞き付けて軍に加わる雑兵、農兵は、
最初の数日こそ、自弁で賄うが、
三日、五日と経てば、
どの軍も食糧を与えた。
 それが魅力でやってくる輩は少なくない。
 そのような者達を飢えさせず、
如何に士気を保つのか、
食糧調達は大将として大いに心を砕くべき要諦だった。

 長島、大阪・堺、長篠・志多羅と、
織田軍は大戦続きで、
支配地が拡大する一方、
戦費が莫大な額に上がったことも事実で、
とりわけ、十万の軍団が三月(みつき)以上の間、
方々の城を包囲した長島一向一揆征圧戦は、
資金豊富と言われる信長さえも、
畿内の富豪から一時、借金をした程だった。

 上様ほど兵糧を重要視した武将を、
儂は他には知らぬ、
上様があれ程に道の整備にこだわるのも、
戦闘遂行能力を上げる為……
戦闘遂行の大元は食糧だ、
水と飯がなくては名将も猛兵も絵に描いた餅だ……

 信長が街道整備に熱心でいられたのは、
領国が日の光、水に困らず、
開墾不要の地であったからで、
これが山間地や冷涼地、
水に恵まれぬ土地であれば、
食糧増産から力を入れねばならず、
余剰金の捻出に苦労を重ねることになる。
 今の織田家の隆盛は、
先々代、先代、信長という三代が、
有能、異能の人々であったことに起因するのは確かだが、
一方で、何より運が良かった。
 尾張では小さな一国に、
熱田の宮の湊、津島の宮の湊という歴史ある大港が二つあり、
並走して走る、日の本有数の大河三川、
つまり木曽、長良、揖斐の氾濫がもたらした肥沃な土地は、
作物を容易に育てた。

 信長の戦を嫡男として間近で見てきた信忠は、
戦法を解しているからこそ、
確認の意で、
後詰に関し、仙千代に尋ねたのだった。

 仙千代の穏やかな声が響いた。

 「美濃、尾張の米穀商から買い付けをして、
逐次、こちらへ運び入れる手筈に遅滞はなく、
岐阜の城の兵糧庫も満杯にて、
この夏から秋にかけ、心配はございません。
伊勢の北畠家、神戸(かんべ)家からも、
弟君様方から応援物資の搬入が随時、
順調に届いております。
また、本年は運の良いことに、
尾張、美濃、共に、
水稲の生育が(すこぶ)る順調にて、
天災に襲われぬ限り、
秋の豊作は間違いないところでございます」

 仙千代に頷いた信忠は、
あらためて一同に向いた。

 「戦が長引けば所詮、困るのは民だ。
物の値は上がり、
収穫時期に一家の主が戦場なれば、
女、子供、老人で刈り取らねばならぬ。
兵糧攻めと併せ、
今の今、可能な手立てはないか」

 
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