第87話 岐阜城 万見邸(2)陽光①

文字数 1,071文字

 確かに岐阜に居る時は、
毎朝のように信長と側近団は朝餉を共にして、
様々な報告を行い、
意思疎通をはかっている。
 ただし、これといった決まりはなく、
そこへ加わらない日がないではなかった。

 仙千代はほぼ顔を出していたが、
今朝は寝過ごしてしまった。
 とはいえ、陽の高さからして、
少々のことであり、
務めに支障を来す程ではなかった。

 「他の者も、
何故顔を出さぬと訝しんでおったぞ、
仙殿は風邪でも召されたかと」

 「いえ、左様なことは。
恥ずかしながら……寝坊を……」

 「昨夜のうちに報せを済ませておけば良かったのだ。
戦況報告を何と心得る」

 「はは!申し訳ございまぬ」

 仙千代が帰城した時、
信長は既に寝所へ入っていて、
幸い、緊急事案も無いことであるのに、
側室の女御と過ごしているそこへ押し掛けるのも妙な話で、
仙千代が朝餉に出なかったことを事大にするのは、
信長が今朝、仙千代の帰還を知って、
顔を早く見たがったことに違いなかった。

 「上様御自ら起こしていただき、
恐縮でございます」

 仙千代は褥を出て畳に移り平伏した。

 立ったままの信長の声が、
またも頭上に降った。

 「起こしに来たのではない。
叱りに来たのだ」

 「ははっ!恐れ入ります」

 「まったくけしからぬ」

 「仰せの通りにございます」

 仙千代は平伏し続けた。

 「髪が乱れておるぞ」

 「ははっ」

 「実にけしからぬ」

 「はい」

 最初から信長が怒ってなどいないことは明白だった。
 だが、寝過ごしたことは事実であって、
仙千代は殊勝に振る舞っていた。

 腕を取られて仙千代は、
信長の腕の中に入ってしまった。

 「直ちに支度して、
報告をしに御殿へ参ります」

 「市江兄弟や近藤から聞いた。
情勢は堅実に推移しており、
総大将殿も健勝であると」

 「現地で得た私の見解も申し述べます」

 「後で良い」

 口を吸われ、物を言えなくされた。
 両手が揉み(しご)くように仙千代の臀部をつかみ、
口づけが進んで、褥へ二人で倒れた。

 叱責は戯れで、
叱る真似をしたのは愛しさの発露だと知っていた。
 何が情欲に火をつけたのか、
愛撫が始まっていた。

 「……陽が高うなってきております」

 「毛穴のひとつまで儂のものだと確かめられる。
むしろ喜ばしい……」

 若さの絶頂に近付きつつある仙千代は、
信長以上に盛らぬではなかったが、
驚くような俸給と格式高い邸を与えられ、
最側近の一団に居る自分が昼日中から
褥で睦み合っているなど恥だという意識が湧いて、
今度は仙千代が信長を諫めた。

 「お天道様が見ておられます」

 「構わぬ。見せてやろう」

 信長の手が忙しく仙千代の股間を(まさぐ)った。

 

 



 
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