第249話 勝家への訓令(7)越前の四人③

文字数 1,148文字

 秀政が頷いた。
 
 「足利将軍への十七条にもなる意見書もそうだが、
上様は大局も小事も見逃さず心に留め置き、
ここという時、表にされる。
 微細な指示は実際、
(やかま)しく思われもしよう。
 が、振り返ってもみよ。
新たな領国で粗相がないよう、
上様がここまで心を砕かれたのは此度が初だ。
柴田殿こそ、
特別の御家来であるという証左でもある」

 あっさりした性分の兄、彦七郎が、
未だ割り切れぬ顔でいた。

 「そのように御理解なされば宜しいが……
柴田殿御本人が」

 聞き役だった仙千代が割って入った。

 「上様の戦歴を振り返ってもみれば、
最も苦しまれているのが、
石山本願寺を頂点とする一向一揆。
 長島を征圧すれば
待っていたかのように北陸で火の手をあげ、
北陸が劫火に焼かれても、
加賀に戦場を移し、燃え広がって、
たとえ劣勢であろうと間隙をつき、
籠城の摂津石山に兵や兵糧を送り、
顕如を助ける。
 自分達の命さえ危ういというに、
食うや食わずの中から人、米を供出し、
崇める法主に生を捧げ尚、後悔がない。
 上様が時に倦んだような御顔をお見せになるのは、
本願寺が真に降伏せぬ限り、
戦に果てがないと見通しておられるからじゃ。
 今後も御目付の三人衆は積極的に一向宗の地を切り取って、
柴田殿の援護とし、
互いに力を合わせ、善政を敷いて、
目付役をまっとうせよと、
これが上様の御意思……」

 彦七郎に向いていた仙千代はここで、
秀政に正対した。

 「私も、(きゅう)様の御指摘により、
斯様に目が覚めました。
 また、我ら近侍こそ、
最前線で敵と対峙する柴田殿と
上様に溝が生まれることのなきよう務め、
小さな溝さえ見逃さず、
早々と埋めるべく、働かねばとも。
 誠に畏れ多きことながら、
上様は真っ直ぐな御人柄ゆえ、
過剰に強く受け取られかねず、
我らが緩衝を果たせれば……」

 これに秀政は冗談でもなく言った。

 「その役目、まさに仙のものだ。
上様は仙千代が岩村や大和へ出張っていた間、
たいそう機嫌が悪かったという。
 逆を言えば、仙が居れば、
家中の誰も頂戴するお叱りが少なく済むというもの。
 武骨でならす柴田殿と、
純な御性分を抱いておられる上様の仲を取り持つ必要、
今後あるやもしれぬ。
 その時こそ、仙千代の働き時だ。
上様の堪忍袋の緒を決して切らせてはならぬ」

 仙千代は承って、口を引き締めた。
 
 秀政が締め括った。

 「気付いておろうが……
柴田殿は我ら近侍を、
戦場で矢雨も浴びず、陣に侍って、
ぬくぬくとと思っておられる節がおありではある。
 が、気にするな。
我らの務めは天下布武の成就をお助け申し上げる、
この一点。
 それさえ肝に銘じておれば、
我が身を如何に律するか、振舞うべきか、
自ずと答えが出よう」

 書状の墨はすっかり乾いた。
 仙千代は正しく折って、
秀政の忠告をも心に畳み、刻んだ。
 
 


 

 
 
 
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