第66話 岩村城攻め(10)梅雨の青雲②

文字数 813文字

 「出世街道の一歩先を、
仙が行ったのはそうかもしれん。
だがな、儂に申し訳ないだの、
心苦しいだの、
微塵も思うでないぞ。
()は礼に失したことじゃ。
人が集まれば上に立つ者も支える者も居る。
大和へ使者で行く者がおれば、
岩村へ普請に行く者も居る。
豊田藤助と(よしみ)を交わす仙千代なら、
儂の言わんとすることは分かるであろう」

 仙千代は座し直し、
竹丸に正対し、しっかりと見た。

 「儂は普請、作事に誇りを持っておる。
土塊(つちくれ)が名のある茶器に変ずるように、
石や材木が命の形を変えて新たな姿を見せる。
先達の皆様方に教わって知識を増やし、
書物から発見を得る。
面白うて堪らん。
城に居れば取次や、こうして書状仕事もするが、
本心ではずっと現場に居りたい位だ」

 十六歳の堀秀政が、
本圀寺(ほんこくじ)の普請奉行を端緒にして、
あらゆる方面の任務をこなし、
誰にも認められる働きをして飛翔したように、
今後、竹丸も使者として各地へ出向くであろうし、
仙千代も、
建築土木に携わる日が来ることは明白だった。

 「実際、儂は、社交も交渉も好まん。
父上は茶の湯に入れ込んで、
上様から特別な御許しを得て、
高名な茶人の方々に教わってみたり、
上様の名代で、
茶道具の見分に出張ったりしておるが、
父と時に顔を合わせて茶の湯話が始まると、
後学にと(しき)りに熱弁を奮うのが、
また、何とも。
床板の柾目の年輪を、こっそり数えておる位じゃ」

 織田家に於いて、
信長の許可なく茶会を開催しても良い重臣は限られていて、
竹丸の父、長谷川与次もその顔触れにあった。
 茶会は戦場で生死を晒す武将にとって、
安らぎの場であると同時、
情報収集、交渉、密談の場でもあり、
他家を交えての茶会を信長の許し無く開いて良いのは、
わずか十人程度の家臣だけだった。

 「竹こそ、父君の伝授を受けて、
茶の湯の道の知識を生かし、」

 竹丸は仙千代の腰を折った。

 「いやいや。まあそれはいずれ、だ。
今は聞き役で、心の声は、
父上、早う話を切り上げてくれませぬか、とな」


 
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