第305話 再会(4)岩村殿②

文字数 445文字

 信玄は負かした敵の家の娘を側室にして寵愛し、
生まれた男児が勝頼だった。
 信忠の父や祖父にそのような(めと)りは聞かないが、
寡聞とはいえ乱世では、
決して無いではない男女の出逢いの形ではあった。
 現に信忠自身、武田の松姫は、
一度も(まみ)えぬとはいえ、
確かに正室であった時期があり、
手紙(ふみ)を交わす中、互いの人柄に触れ、
深く慕い合っていた。

 信忠は於艶から注がれる眼差しに気付いた。
瞳は慈しみか懐かしさか、母性に潤み、
堪えようとも涙が揺らめいていた。

 行方知れずの六大夫、
その育った姿を儂に見たのか、
大叔母殿は今ひと時、幻に酔っておられる……
 我が子の長じた姿を儂に見て……

 御坊丸に因み、子の名前を六大夫とした於艶を、
腹立たしく思ったこともある。
 敵将の(つま)となり、子を産んで、
刃を織田家に向けるとは許されざることであり、
甲斐へ遣られた御坊丸が哀れでならない信忠だった。

 しかし於艶とこうしていれば、
いつしか岐阜で暮らした奇妙丸と大叔母であり、
信忠は顔を背けて濡れる頬をぐいと拭った。

 
 


 

 

 


 

 








 

 


 



 

 
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