第145話 相国寺 寝所(3)抵抗③

文字数 668文字

 足利義輝や鎌倉将軍達の悲劇まで口にした仙千代は、
縁起でもないことを言ってしまったという後悔が
無いではなかった。
 しかし、怒りを買って叱責を受け、
疎んじられたとしても、
信長の自在に過ぎると映る行動は、
近侍たる者、看過してはならないはずのことだった。

 「早舟は上出来も上出来、
(すこぶ)るの出来栄えであった。
西国(さいごく)との戦では水軍が欠かせぬものとなる。
明智とはそこで話が弾んだ。
明智の博識はたいしたものだ。
今日は一日愉快に思うておったら説教か。
この儂に訓戒とはな」

 信長は語調を強め、

 「失せよ!不快じゃ」

 と横たわり、背を向けた。

 詫びの言葉を残して去るのが常套だった。

 仙千代は折った腿に正しく両の手を置き、
意志を込め、動かなかった。

 ここで謝るなど出来はしない、
それなら儂は佞幸(ねいこう)となり、
百代の笑いもの、
儂は佞幸にはならぬ!……

 佞幸とは、
漢や宋の歴史書に記された奸臣(かんしん)のことで、
媚を売って寵を得た人物を指し、
君主に取り入り、害を為す者の意だった。

 何故分かって下さらぬのです、
たとえこの身は低かろうとも、
御安泰を願う気持ちは丹羽様と同じくして、
けして負けは致しませぬ、
丹羽様の長年の忠節の足元にも及ばぬ分際ながら、
上様への恩義、返さぬではいられぬのです……

 膝が濡れた。
 涙が零れ落ちては夜着を濡らした。
 一気に溢れた涙は仙千代自身不可解で、
驚きがあった。
 しかし、次々湧いて止まらなかった。

 「いつまで邪魔をする。
失せよと命じた!聴こえぬか」

 仙千代は嗚咽を殺した。
殺した分だけ、嗚咽が増した。
 探しても、涙の理由は分からなかった。
 
 

 

 

 
 
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