第191話 常楽寺(2)筑前守②

文字数 600文字

 今回、織田家の家臣の誰がどの位を賜ったのか、
既に聞き知っているに違いない秀吉ながら、
自分以外のことは寡聞にして知らずという体裁を装って、
まずは行儀の良さを崩さなかった。

 信長は官位の話題はそこそこに、

 「ううむ、美味い。
夏の日に冬の味覚とは珍味極まる。
しかもこの大きさ、艶、色味。
何処ぞで似たものを見たような。
そうじゃ、日輪(にちりん)じゃ」

 と舌鼓をうち、秀吉は、

 「それはまた!
昇る朝日とは実に目出度(めでと)うございます!」

 と如才なく受けた。

 冬期は雪に事欠かぬ長浜とはいえ、
氷室を設け、維持管理して、
そこへ主君の好物を保存し、
最高の機会を見計らい献上するとは、
人付き合い上手の秀吉ながらその周到ぶりは
改めて舌を巻かざるを得なかった。

 三河で武田勝頼に大勝し、
長年の鬱憤を払った信長は、
今回の上洛で順調に政務をこなし、
蹴鞠会、能興行という社交を終え、
重臣達に官位を授かり、
かつ、かねてより肝入りで造築を命じてあった
瀬田川大橋の立柱式も三日前、華やかに催され、
いかにも機嫌が良かった。

 信長は干し柿を、秀吉は無論、
侍っている仙千代、佐吉にも振舞った。

 「有り難く頂戴いたします」

 仙千代が礼を述べると佐吉も、

 「かたじけのうございます」

 と言い、
仙千代が一口頬張り、
口中に広がる甘味ににっこりすると、
佐吉も控え目に微笑み返した。
 しかし佐吉は、
柿を食べると腹を下す体質(たち)なのだと、
ずっと後になって仙千代は知った。


 


 
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