第289話 武田勝頼 岩村進攻(4)総大将 出羽介

文字数 844文字

 織田軍の勝利は既知ながら、
未だ愛慕、憧憬の存在である信忠はじめ、
竹丸、三郎、勝丸といった兄弟にも等しい者達が
暗闇に襲撃を受けたと聞いては
動悸を覚えずにいられない仙千代だった。

 信長の大音声(だいおんじょう)が響く。

 「籠城も既に半年、食い詰めて、
ついに打って出たのであろう、岩村は。
 四郎勝頼も配下、秋山虎繫を見殺しでは国が治まらぬ。
百姓さえも狩り集め、軍を組んだというが、
所詮、烏合の衆。
夜討ちは失敗したのだな!」

 「ははっ!河尻殿、毛利殿、浅野殿、
猿萩(さるおぎ)殿ら、諸将が各所で応戦し、
夜明け前には敵を追い払ったのでございます!」

 「うむ!」

 「そこで総大将が号令をかけられたのです、
岩村を降伏させる絶好の機会となった、
ここは惑う敵兵を城へ追い入れ、
矢を射り、弾を撃ち込み、
なれども抵抗するなら火を放ち、
中の者共をあぶり出すのだと」

 「勘九郎……出羽介(でわのすけ)が!」

 信忠の今の冠位は秋田出羽介といい秋田城介(じょうのすけ)と並び、
正式な官位の外にありながら、
武家にとっては名誉極まる称号で、
古代東北地方に実在した朝廷機関の最高役職名だった。

 「はっ!出羽介様が仰せになったのです、
敵勢のうち、
城へ逃げきれなかった者達は山々へ逃げ散るであろう、
これらも探索し、捕縛して切り捨て、
一人として勝頼に合流させてはならぬ、
この戦いで勝頼に、
一兵卒さえ土産に持たせてはならぬ」

 信忠の戦いぶりの激しさに仙千代は呆然とした。

 初めて声を掛けてくださった時、
三宅川の畔で御見受けした勘九郎様、
いや、奇妙丸様は柔らかな気を纏い、
まるで天女のようじゃった、
それが出羽介勘九郎信忠となられた今、
左様に苛烈な戦いを……

 信忠が生きており勝利を収めたというだけで、
大声でわあっと泣きたい程の思いでいたのに、
初の総大将戦を半年という長きにわたって軍を統率し、
最後は受けた攻撃を返す刀で打って出て、
一網打尽にしてみせるとは若き軍神の誕生かと、
仙千代は涙が抑えられなかった。

 信長の声も震えていた。

 「何と……大した奴だ、
我が息子ながらこれは称えずおられまい」

 
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