第166話 蹴鞠の会(4)晴れ舞台④

文字数 599文字

 自称「牛一」こと、太田又助信定は、
年下とはいえ主君である長秀が間近で何を言おうが、
夢中で筆を走らせ、
御所に参集した貴人やその装束を逐一記録し、
知らぬ顔を見ようものなら家紋を描き留め、
後で調べようというのは明白だった。

 「上様はこの後、
太田殿の指示に従えと仰いました」

 仙千代の投げ掛けに、
ようやく筆を休めた信定は、
信長が取り計らった結果、
織田家の御伴衆も御庭の隅から
競技を拝見できることになったと伝えた。

 実は仙千代は、
清涼殿の庭の板塀に節穴が幾つかあることに気付いて、
穴の向こうを(たま)にこっそり覗き、
妙技を僅かでも見られぬものかと内心画策していた。

 「何と!嬉しゅうございます!」

 仙千代ら、
若手近侍達の喜びように信定が、

 「これ!騒ぎ召さるな。
禁裏であるぞ」

 「はい!……」

 信長の近侍として、
返す返すも振舞に気を付けなければと思っていた矢先、
嬉しさについ、声を立ててしまった。
 
 「蹴鞠が話題になる度に、
小姓の鼻の穴が膨らんで、
笑えてかなわんと上様が仰せじゃったで」

 「その小姓とは……私のことですか」

 「万見なる小姓が他に居ぬなら、
まず間違いあるまいなあ」

 蹴鞠の祖の一族や腕に覚えのある手練れ達が
繰り広げる技は如何なるものかと
興味を抑えきれずにいた仙千代は、
信長に見透かされ、
蹴鞠会が近付いたこの数日、
時に興奮を隠せぬ挙動であったのかと
顔を赤らめた。

 「恥じ入るばかりにございます……」

 
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